« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006/11/28

Los Angeles

CABO SAN LUCASに行こうと思えばどうしてもロス経由になる。往路は問題無いが復路はどうしてもロス泊まりを余儀なくされる。

MILLENNIUM BILTMORE HOTEL(旧REGAL BILTMORE HOTEL)に宿泊した。かってカーター大統領が愛用したホテルで、今は過去の栄光いずこの感無きにしもあらずだが風格は十分です。

S Grnnd Ave.,S Olive St.,W5TH St.,W6TH St.とホテル周辺の風景ですがどれが何処とは良くは覚えておりません。人通りの少ないのは早朝のため、大都会ロスも朝っぱらからは人は少ない。
(また行ってみたい願望の過去ネタです)








Millennium Biltmore Hotel見るからに由緒はありそう
     



Mellon BankとIBM今もこのまま存在してるのだろうか







続きを読む "Los Angeles"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/24

たまには立ち止まって考えよう

教育改革国民会議なるものが「首相官邸」の公式HPに掲載されている。
内容は、「子どもへの方策 」と題された、教育改革国民会議が提起した教育改革案です、一度目を通されることをお勧めします。通り一遍でなく少しだけ考えて読んでいただくと、この先青少年の諸君に将来何が起こるのか理解出来るのではと思う。

満18歳で全ての国民に1年ないし2年間の奉仕活動を義務づける(対象高校生)
これはどう解釈すれば良いのか?思いたくはないが徴兵制度がちらつきませんか。

簡素な宿舎で2週間共同生活を行い肉体労働をする(小中学生)
団地、マンションに床の間を作る
学校に畳の部屋を作る

?です、何の意味があるのでしょうかね

全てこうなるとは思えませんが(思いたくない)、この様な案が出てくること自体が問題ではないかと少々心配になるんで有ります。

沖縄からの仲村清司氏の怒りはもっともであります

*アンダーラインをCLICK下さい、各々にリンクしてます。

続きを読む "たまには立ち止まって考えよう"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/11/21

今頃出てきた「2001年の日本」

1966年夏・・・・正確に言えば。1966年<昭和44年>9月1日の午前8時33分ごろ、20世紀はその3分の2を終了した。われわれは、いま、20世紀の、のこり3分の1の入り口に立っている・・・<中略>・・・この本は、この、来るべき20世紀の3分の1のあいだに、どんなことが予想されるかを自由な想像力によって描いてみた絵本である。「この本におさめられた多様な予測が、本当にその通りになるのかどうかはわからない。しかし、現代の人間の想像力のすべてがここに動員されている。そして、この本はどの部分を取り上げてみても、それは、読者のそれぞれの想像力を刺激するであろう。そしてそのようにして、刺激された読者の想像力や期待が、じつは2001年の日本を創ってゆく力になるのだ。」出来ることならこの本は、大事に取り扱って2001年まで、保存していただきたい。いま33年先を考えるのが楽しいと同じように、2001年の時点で33年後を振り返るのも、楽しく、また示唆にとむことであるにちがいないからである.
このような「まえがき」で始まるこの本は、加藤秀俊京都大助教授と挿絵画家真鍋博氏編著で朝日新聞社から1966年に出版された。

その「まえがき」にのせられて田舎の書店で買い求めたが当初から21世紀になるまで保管してどう変わったかを比較してみようという確たる気持ちを持っていたわけではない。何度かの引っ越しにも運良く紛失せず今日まで残ったと言うのが真相。

今振り返ってみると本書が試みた予想はバラ色の夢のままのものもいくつか有るが、、今の「インターネット時代」を次のように見事に予見していたことは特筆すべきことだと思う。

「テレビ時代は、人間の文化的側面を揺り動かし”反射的”人間像をつくりだした。コンピュータによる情報ネットが国の隅々まで張り巡らされ、社会情報の共有が拡大した場合の、個々人の社会行動は”受動的”なものから”能動的”なものへ転換し始め『個の時代』の基本ツールとなるだろう。おそらく今日の電話やラジオ、TVが民衆のものとなったのと同じように、コンピュータもそれに直結する小型の送受信装置を、家庭に、職場に持ち、今日の情報手段(TV、電話、郵便、各種出版物など)の役割も、こうしたコンピュータ・ネットとなんらかの形で融合して行くに違いない。そして国家的、世界的な情報網が、家庭の茶の間とも密着した形で形成されるだろう。個の力のネットを通しての結集により、都市計画、教育、国土開発など社会開発の分野の大掛かりな仕事がはじめられている。」



本書の予想通り我々はいまパソコンを持ち「モデム」や「ルーター」によってネットに繋がりそれが「インターネット」に繋がり地球を覆う一つのネットワークの一員として誰もが受・発信出来る時代にいる。パソコンの発明とインターネット時代の到来は明治維新に匹敵するエポックメーキングな出来事だ。今はIT文明開化から明治3年くらいの段階か。まだまだ新旧絡み合う揺籃期かな(テリー・伊藤氏曰く)。これらを活用した社会は今後どう変貌して行くのか興味はつきないのだ。
人の創造力(想像力)は素晴らしいものがある。凡人にはおよびも付かぬが、それでも物事の進歩だけは享受できる。33年前の時代と比較しての感想だ。

(本文は「KEN's HOME ひ・と・こ・と」からの引用を含みます)
パソコン普及率2005/3 80.5%(単身世帯含む)
(総務省情報通信政策局・通信利用動向調査)
インターネット利用率(2006第一四半期)87.0%
(総務省統計局「家計消費状況調査)

続きを読む "今頃出てきた「2001年の日本」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/11/18

日本最南端(の寺)

日本最南端の寺院です。まさか石垣島に臨済宗の寺院があるとは思いも寄らなかった。もともと沖縄地方には社寺仏閣は殆ど存在しないと聞いていたから尚更だ。因みに我が家の菩提寺は臨済宗東福寺派の錦江山無量寺、丸山応挙、長沢芦雪の絵画でも有名です。派は相違するが臨済宗と言うことで余計に驚いた。


妙心寺派桃林寺山門
山門の2体の仁王像は1737年に作られた沖縄最古の木造彫刻。


本堂
南海山桃林寺1614年創建された臨済宗妙心寺派の寺院。八重山に寺院が無かったため琉球を攻略した薩摩藩が尚寧王に進言して造られたもの。


権現堂、桃林寺に隣接して建立。創建当時は茅葺で尚貞王時代(1699~1709年)に瓦葺に改められたが1786年明和の大津波に破壊され1786年再建された。(国の重要文化財)


権現堂山門、一間薬医門の切妻造


拝殿、寄棟造


神殿、三間社流造


以上日本最南端の仏教寺院です(沖縄県石垣市石垣285)拝観料は不要。南国です山門は開放されてます、超~運が良ければ夏川りみさんに会えるかも。


続きを読む "日本最南端(の寺)"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/14

最南端の出来事(教科書に出ない真実)

日本とアメリカの交流が始まったのはいつですか?
我々の習った歴史の教科書では「1853年ペリー提督が浦賀に黒船4隻でやってきた時から交流の歴史が始まった」と教えられたはずですよね皆さん。
ところが、アメリカの多くの歴史書には、ペリー提督の来日より62年前の1791年に日本へ最初に行ったアメリカ人としてケンドリックの名が、また最初の船としてレディー・ワシントン号の名が挙げられている。

レディー・ワシントン号は何のために日本に来たか、なぜ日本史にその事実が記載されなかったのか、この真実を「佐山和夫氏のノンフィクション小説”わが名はケンドリック”」が解き明かしています。
中国からの帰途日本へ立ち寄ったことが乗組員の日記に「日本の南の海岸(現串本町樫野)に到着、そこで土地の人々からこの上ない歓迎を受けた。船上にアメリカ国旗が翻ったのはこの国では最初であろう」云々とありケンドリック船長は紙に国名、母港名、船名、船長名を書き残し地元民がそれを書き写した物が今も残されている。事実「南紀徳川史」には「大島樫野浦沖へ異国船渡来」云々とあり、最後に「アメリカ合衆国、ニューイングランド地方、ボストンのブリック型帆船「レディー・ワシントン号」船長ジョン・ケンドリックと残されている。

なぜ日本の歴史のうえでこのことが書かれなかったのか「南紀徳川史」に、彼らはたまたま風浪に遭い、漂流してここに着いた、良い風が来れば即日立ち去るつもりだと伝えており、つまり「漂着した」としか残されていないので歴史には載らないと。

果たしてそうだったのか、その続きは「わが名はケンドリック」を読んで謎を解き明かしてください。但し講談社刊の本書は入手が難しいようです。BOOK OFFまたはamazonのUSED辺りで探される方が早いのではと思う。
*串本町樫野に日米修好記念館が昭和49年に建設されて、当時の資料やレディー・ワシントン号の模型が展示されている。

(平成4年2月和歌山県議会議事録より一部抜粋)





❍日米修好記念館

続きを読む "最南端の出来事(教科書に出ない真実)"

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006/11/12

日本4端(特に最西端、最南端)

最西端、最南端を極めようとすればどうしても日本の島嶼部を除いては話は進みませんが、ひとまず端と言うのを横に置いて島という物を考察してみましょう。


島は、ひとつひとつが独自の時間と空間を持つ独立した国、海によって明確に一線を画くされているため、出会いと別れが際だち、嬉しさや哀しさ、なつかしさや切なさ、と言った感情がより深く、ひときわ強く実感できる場所です。また島は、豊饒の海、田や野山とともに生きる人々の住まう地。


まさに大自然の最前線にあって、自然の営みと共存する知恵や価値観など、独特の精神文化を創り上げている個性豊かな大地です。だから島は、私たちがなにかしら忘れかけてる大切なものに気づきを与えてくれる場でもあります。この島(国)に住む人全てにとって、島はまさに共有の財産と言っていいでしょう。


島にそれぞれが永い歴史と多様な文化、類無き自然をもつこれだけ多くの内なる小宇宙が確固として存在し続けていることを素直に喜びたいと。島についてもっと深く考察してみたいと思うアナタ「(財)日本離島センター」発行の日本の島ガイドSHIMADASをご覧ください。




1000余の島々が網羅されていて行かなくてもそれはそれで実に楽しい一時を提供してくれること請け合いです。


本論に戻って最西端の与那国島、最南端の波照間島については巷に沢山発行されているガイドブックが皆さんには詳しい情報を提供してくれると思う。但し、併用することでより深く理解出来ると思いますが1300ページ強のSHIMADASは一般的なガイドブックの概念とはいささか趣を異にしますので、そのおつもりで。

続きを読む "日本4端(特に最西端、最南端)"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/10

Target 2℃(日本4端(本州4端)が変わる?

  Taget2℃とは気候が工業化以前と比較して気温上昇が2℃を超えると、地球規模で気候リスクが急激に増大するという研究をもとに、平均気温の上昇を抑える長期目標としてEUが定めた温度。
このまま何も対策を行わない場合、複数のコンピュータシミュレーションの結果から2026年~2060年に2℃を突破すると予測されている。


    *2028年+2℃を突破
  大気中の二酸化炭素に地球を暖める「温室効果」が有ることを初めて発表したのはスウェーデンの科学者スヴァンテ・アレニウス。20世紀が幕を開ける少し前1896年の事だった。この話は世界中に伝わり1932年宮沢賢治が書いた名作「グスコーブドリの伝記」にも火山から噴出する二酸化炭素の温室効果を使ってイーハートーブの冷害を防ぐと言うアイディアに使われている。この時点では地球が暖かくなるのを心配する人は少なかった。
 温暖化が未来に影響を与える重大な問題であると最初に警告したのは科学者でなくガイ・スチュアート・カレンダーというイギリスの蒸気機関の技術者だった。アマチュア気象家でもあった彼は一人でコツコツ集めたデータを論文に1938年イギリスの気象学会で「人間の産業活動の結果、二酸化炭素が増加して温暖化が進行している」と主張。この発表が人々の注目を集め後の温暖化研究のきっかけとなった。科学者達はこの頃から過去だけでなく未来に目を向けるようになった。
・気候変動+2℃「初めての警告」より



○+1℃ 
アフリカで作物収量が減少、クイーンズランドの熱帯雨林が50%減少      

○+1.5℃
インド洋の珊瑚死滅、グリーンランドの氷床の全面融解が始まる

○+2℃
海面上昇で最大2,600万人が移動、世界で穀物生産が低下し食料価格が増大

○+2.5℃
中国の北方森林が消滅、アマゾン砂漠化




等々地球の平均気温が2℃上がると世界が変わる!
まさか?が現実の物と・・・・。
何を心配するかと言うと2℃気温が上昇することによって「日本4端(本州4端)」が今の場所と変わってしまう可能性は無いのだろうか、と思ったまで。2100年頃までに海面が88cm上昇するって話で完全に海岸線が変わるのは疑う余地のない事実だろう。オランダはどうなる?ツバルは地球温暖化で最初に沈む国と言われてるが2006年の今既に浸食されつつあると言うし。
まさか?の続きは
「気候変動+2℃」Think the Earth Project編ダイヤモンド社刊でお確かめください。














続きを読む "Target 2℃(日本4端(本州4端)が変わる?"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/06

日本人が経営する世界の宿(南極を除く南の果て南米の最南端Ushuaiaにもあるんです)

人と出会う素敵な旅
この本は、世界各国で日本人が経営している「やど」と、そのオーナーを紹介しています。
旅をする際、どんな所に宿泊するかはとても大きな要因です。
その目的が普通の観光でなく、留学、ホームステイ、ビジネス、視察、スポーツなどであっても同じ事。もちろん高いお金を出せばいくらでも豪華で素晴らしいホテルに泊まる事は出来ます。一から十まで添乗員が手取足取り世話を焼いてくれるパッケージツアーを利用すれば確かに楽ちんです。とことんお金をかけずに旅するならテントと寝袋を担いでいくと言う手もあります。しかし、何となくそれでは味気ない・・・例えて言うなら、現地に住んでいる親戚や友人を訪ねるような旅がしたい、その国や土地でなく、その「やど」に行くことが目的となる様な旅がしたい・・・こんな発想からこの本は生まれた。
日本人が経営すると言う点にこだわったのは、言葉や環境、そして感覚の問題があります。旅行者が現地の言葉に堪能であれば問題ないでしょう。しかしそうでない旅行者はたくさんいます。
異国の地で一日歩き回り、あるいは外国人相手に仕事をした後、寝床に帰ってから誰しもほっとしたいはず。一日の出来事を日本語で誰かとおしゃべりしたい、と考えた事はないですか?
滞在が長引くにつれ、ふと「ああ、ご飯と味噌汁が欲しい、日本の風呂に浸かりたい・・・」と思った経験はないですか?
この本で紹介している宿泊施設は十室に満たない小規模のところがほとんど。自宅に一室だけを開放しているプライベートルーム
まであります。滞在中は少なからずオーナーやその家族、スタッフ、あるいは他のゲストとコミュニケーションが取れる時間や場所がたくさんあります。現地に長い間在住し土地に詳しく、そして思いっきり個性的なオーナーと楽しくおしゃべりが出来る。
オーナーの案内で観光や買い物やアクティビティが楽しめる。オーナーと会うのが楽しみでその宿に泊まりに行く。同宿のゲスト同士でわいわい楽しめる。・・・そんな素敵な「やど」を世界中から集めてみた。(本書の前書きから抜粋)


   ISBN4-7952-5587-3 C2026
アメリカ、カナダ、中南米、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニアと多岐にわたってる。こういう旅は私には年齢からして無理ですが興味のある方ご一読なされてはいかが?(本書の改訂版が出ているので最新版をどうぞ)

*Ushuaiaって何処?

Cities_of_tierra_del_fuego  

Ushuaia in early Spring

Ushuaia_in_early_spring_2

続きを読む "日本人が経営する世界の宿(南極を除く南の果て南米の最南端Ushuaiaにもあるんです)"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006/11/02

高野の秋

最近、当初の趣旨との乖離がひどくなってきた。
秋となれば紅葉、当地方の名所と言えば護摩壇山か高野山がまず思い浮かぶが公共交通機関主体のわが身にとって護摩壇山は当面対象外、と言うことで電車、ケーブルカー乗り継いで行ってきましたよ。Phytoncideたっぷりの高野山へ、森林浴兼ねて。


〇金剛峰寺山門心持早かったかな↑


〇根本大塔への道↑


〇路地を覗いてみるとここにも美しい紅葉が↑


〇R371沿い(建物の固有名詞不詳)↑


〇奥の院の杉木立と修行僧↑




〇言うまでもなく高野山のランドマーク↑

歩道のベンチの傍に


高野の秋は美しい11/3~5は見ごろかな?多分大勢の皆さんが訪れ紅葉を楽しまれることでしょうな。


続きを読む "高野の秋"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »