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2007/03/02

小江戸川越(後編)

蔵の街川越由来
 明治26年川越で大火があり1,303戸が焼失したが、数軒の蔵造りの建物が焼け残った。このことを教訓とした商人達は、競って店を蔵造り建築にした。これが蔵造りの町並みを生んで、最盛期には200軒余りもあったと言われている。今日では、市内に30軒余りが残っているだけになってしまったが、分厚いしっくい壁で塗り込めた蔵造りの店舗が、これだけ軒を連ねて残っているのは、他の都市には見られない景観である。特に、黒くて厚い壁、大きな鬼瓦と高い棟、どっしりとした風格は川越の文化と経済の伝統を象徴している。
川越と言う街は○○百選の多いところだ。
*重要伝統的建造物群保存地区、大沢家住宅
 明治の大火で焼失を免れた蔵造りの建物は耐火性の高さを実証し、この住宅に習って蔵造りの建物が競うように建てたと言います。

*都市景観百選(都市景観大賞)
*遊歩百選(読売新聞)


第八十五銀行本店(大正7年築)屋上のドーム、しゃれた縞模様の柱など異国情緒が蔵の街に映えてます。この建物は現在埼玉りそな銀行川越支店として現役であります。
  
*残したい日本の音風景百選(環境省)
   
*かおり風景百選(環境省)菓子屋横丁20軒余の菓子店が密集。昭和初期には70軒ほどあったとか。


とまぁこんな案配だ。都市景観百選、遊歩百選は先人が築いてきた「小江戸の町並み」を、残したい日本の音風景は「時の鐘」を、遊歩百選は「蔵造りの町並み」を、かおり風景百選は「菓子屋横丁」と、さすがと言うか。但し、市当局の保存への労力は大変なものと思われる。がんばって何時までもこの風景が存在することを祈りますです。
 大正浪漫通りはかつては川越第一の繁華街であったらしいが今は面影なし。

今は新富町界隈が元気なゾーンかな?「まるひろ」も元気みたいだし。


小江戸巡回バスで一つ一つ巡るのもまた一興ですが、時間に余裕ある方は徒歩でじっくり見て回る方が宜しい。小さな美術館も点在するし見所は数多く小江戸の薫りも楽しめるのではないかと。風の如く走り回ってきた者の反省の弁であります。

聞いた話:蔵造りは旧い物ほど背が低く、新しい物ほど背が高いそうです。この時代も見栄(財力誇示)や競争原理が働き、より大きいものを建てようと競ったとか。バスのドライバー氏の話です。

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