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2007/10/26

食品業界NOW

  コンプライアンスとモラル、厳密には区別すべき話だが最近の「白い恋人」「赤福」にしても遵法精神もモラルもない両方備えた不祥事だと思う、そうそう不二家もだ。老舗の評判にあぐらをかいていると何時しか当然の事が当然で無くなり不法が当然にすり替わって物事が判らなくなるんだね。また、共通して言えることは、ばれるのが分かていて嘘をつく、他の役員だの社員に責任を転嫁して言い逃れをする等経営者は責任を取らないのね。己が蒔いた種で営々と築き上げた伝統の暖簾が地に落ちて客離れを起こし悪くすれば倒産で社員を路頭に迷わす。それどころか同業他社までも顧客の不信感から煽りを食らう事も起こりうる。企業の社会的責任って何なのか考え直して欲しいですな。
  「壁に耳あり、障子に目あり」企業は、いつ何時内部告発されるか判りませんよ、日頃の行いが内部告発を呼びます、何せ契約社員やパートの増加で内部情報が格段に漏れやすくなっている今日、会社がやっていることが正しいのかそこで働く皆さんの目は光ってるのです。
  本当にコワイ話ですぞ経営者の皆さん。但し内部告発と言う手段の善悪についてはコメントしません。
  あまりにも著名なメーカー故しでかした咎に社会的制裁を受けるのはやむを得ぬと思うが、零細企業にあっても売れ残り商品の日付改ざんなんて恒常的に行われているような話も聞きますが真意の程は知りません。大が襟を正さないと小が正す訳ないもんなぁ。

↑11月中頃には出回るそうです、以前と同じように売れるのでしょうか。「赤福」次々と嘘がばれている、名古屋工場で使われていないと言っていた大型冷凍庫もまき直しに使っていたと。まき直し商品も前日に翌日日付が刻印されていてとも。大嘘つき「赤福」、好きだったけど糖尿にかこつけて金輪際買わないよ。最近の事例では一番タチが悪いね。

本題はこれだったのだ。

  これなんです、これは今回道東を旅したときに某ホテルで貰った物、家に帰って食べようと思ったら斯くの如くでありました。多分あんこ製造時使った布の糸切れが混入したものでしょうし害も無かろうと思いますが。もらい物故に製造元が判りません「まりもっこ」と言う商品名で阿寒湖♨で売られているものです。貰ったホテルに2度メール差し上げたがナシの礫、別にドウって事も意図もないのですがこう言う騒ぎの時ですから一言くらいメールに返事があっても良かろうにと。ホテルも著名なチェーン企業です、関西にも関連ホテルがあります。

  所管の釧路保健所にゆうちゃろか、それとも「2チャンネル」に投稿して騒ぎを大きくしてやろうかと面白くなりまっせ・・・ムヒヒヒ。

まぁ、そんな気はありませんが時が時だけに企業の皆さん注意が肝要ですぞ!。最近は内部告発だけではないですぞ、ユーザーだって口うるさくなってるんだ。

 

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2007/10/19

KUSHIRO WETLANDS(釧路湿原)

  花のシーズンは7月一杯位か、9月中頃では見るべき花も少ない様でした(場所にも拠るのかな)
  釧路市湿原展望台と木道を散策したが期待はずれでした、こういうところは旬に来なくてはダメですな。



アキタフキとも、足寄の螺湾地区には日本一の大きなフキが自生している。「螺湾ふき」と呼ばれ大きくなれば4m近くの高さに茎は直10cmもあるとか。松山千春の同級生がやってるとか言ってた「足寄庵」にはこれの加工した物が売られているが大味そうで手が出なかった。

エゾオヤマリンドウ?よく判りません

一足早く色づいた木、何の木なんでしょう?

セリの一種らしいが・・・・トウヌマゼリ?

ナガボノシロワレモコウ

赤い実が

ツリガネニンジン?
付近にエゾトリカブトも結構咲いていたが、時期的には峠を越したと言う感じ。花言葉は「復讐」だってよ。四谷怪談のお岩が飲まされた毒もトリカブトだとか、連れ合いの花を見る目つきが気になった(笑)

サテライト展望台から霧で何も見えない、今回はずっと霧につきまとわれた旅でした、まずもって霧などお目にかかることの無い所で生活してますので珍しくて幻想的と言ってる内は良かったのですが、こう見えないと面白くないですな。
広大な湿原をかすめて通るツーリストには全貌なんぞ判る訳がない。せめて1日じっくりと回ればこの季節でないと見られない草花や鳥類も見られると思う。ノロッコ号にも乗ってみたいが何時になることやら。正直、尾瀬だの釧路湿原、礼文島等高山植物の見られる場所が好きなんだよね
  ところで今回の旅行のパンフレットの表記について一番先に釧路湿原がデンとあったのでそれなりの時間が確保されてるのかと勝手に思いこんだが現実はそうではなかった、鮭の遡上も見られますって車窓からだよ。関西の我らには見ることのない光景だ、下車して見たかったね。よくよく見れば小さな字で説明はあるものの知らぬ土地だよ「キャッチコピー」に目を奪われ変に期待してしまった。
  食べ物の材料表示の如くみっちり見る物の順番に表記しては如何?旅行会社殿。
GET 釧路湿原情報
釧路湿原国立公園連絡協議会
釧路国際ウエットランドセンター
釧路湿原へようこそ

◎お遊びコーナー(上級編)全部読めれば北海道通、テキトーに読んでも1つ2つまぐれ当たりがあるかも。
①音更 ②朱鞠内 ③野田生 ④尾岱沼 ⑤椴法華
⑥興部 ⑦神恵内 ⑧寿都 ⑨止別 ⑩沙留

①おとふけ ②しゅまりない ③のだおい ④おだいとう ⑤とどほっけ ⑥おこっぺ ⑦かもえない ⑧すっつ ⑨やむべつ ⑩さるる

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2007/10/13

国境について(Northern Territories)


  根室市役所、屋上には「断固たる決意と熱意で四島返還」「北方領土は日本の領土」の看板が・・・・。ここ根室で見るスローガンはこの問題の最先端に位置するだけに何か重みが違う。

  海霧が前方の北方領土を隠している、3.7km先の貝殻島の灯台さえも見えなかった。
  見えぬ線が更に見えなくなってロシアが勝手に決めた境界線を侵犯するのは無理ないと思った。過去何度か報じられた拿捕の報も境界線近くで操業するんだから気をつけない方が悪いと思っていたが、ここを見てこんなガスの中でどんなに神経尖らしても避けきれない事態が生じるのは無理のない事だと納得した。「百聞は一見に如かず」マスコミの報道では見えてこない事って一杯あるんだとここに来て思った、見方を変えなくては。
  こうは書いた物の気になる記事を読んでしまった。昨年8月北方領土の境界線近くでに起こった「第31吉進丸」銃撃事件、不幸にして船員1人が亡くなったうえ裁判で罰金200万円強命じられた事件。その事件が発生した海域と同じ様な場所で、それと逆のロシア人の漁船が境界線を越えて日本の海域に侵入(目的はビールが買いたかったとか漫画みたいな話だが)拿捕はしたものの不問でロシア側に引き渡された事件が(北海道の地方紙には出たが一般的には報じられなかった)あった。この日本の政府他の対応に怒るノンフィクション作家「上坂冬子」の10月4日付の手記が。こんな事で日本に北方領土は返ってくるんかいなと心配になってきた。但し、憤慨してるのは上坂冬子だけではなく根室市と隣接する4町(北隣協)も新しい動きが胎動していると。内容はこちらを一読下さい。

北方領土の歴史について
*1644年正保御国絵図(しょうほうごこくえず)
江戸幕府が正保御国絵図を編纂するため諸藩に「国絵図」の提出を命じた。この時松前藩が提出した地図に「くなしり」えとほろ」等39の島々が書かれていた。ロシア人が初めて千島を探検したのは1711年(正徳元年)と言われており、日本は、その100年前から北方の島々と関わりを持っていた。また、1721年(享保6年)ロシアの探検隊が作成した地図には北方の島々は「日本の島々」と明記されていたそうです。
*1855年日魯通好条約
日露間の国境が初めて平和的な話し合いの結果決められた。条約抜粋↓

*1875年樺太千島交換条約
*1905年ポーツマス条約
*1951年サンフランシスコ平和条約
放棄した領土がどの国に帰属するかは言及せず。
等条約によって北方地域の国境は変遷したが、一貫して北方領土は日本の領土で条約等では既に日本の領土として除外されているんですね、それを承知で知らん顔して占領しているのはロシアはタチが悪いとココで力んでも仕方ないか。
  まぁ、道東へ旅したお陰で多少とも北方領土の事を知った事は今回の旅の成果の一つですな。
  もう一つ感じたことは「返せ北方領土」の叫びも長い年月を経ても進捗もなく活動は膠着状態とも思えるが、通り過ぎるだけの旅人にはその深層部までは計り知れない。 先日の新聞報道によれば北方を含めた根室市で経済特区の動きもあるとか。現実に根室港にはロシアの漁船が結構入港してるが水揚げには関税が掛けられ、それがネックとも。今後に新しい展開があるも知れませんね。実の上がらない返還運動より経済優先で実利を目指す方が得策では・・・・という方向で。

根室海峡(野付水道)隔てて浮かぶ島影は国後島です。根室市、別海町、標津町、中標津町、羅臼町等に住まう引き揚げ家族にとっては、島影を見る度望郷の念に駆られるのは無理のないこと。国後を眺めてボーと佇む老人の姿も見られると言う話をガイドから聞いた。この駄文で多少とも北方領土に関心を持って呉れればこのブログもそれなりの意義があるかと・・・・。


◎お遊びコーナー(上級編)ココまで来れば私は殆ど読めない。
①紋穂内 ②十弗 ③秩父別 ④花畔 ⑤音調津 ⑥穂香 ⑦伊茶仁 ⑧磯分内 ⑨知内 ⑩千栄

①もんぽない ②とうぶつ ③ちっぷべつ ④ばんなぐろ ⑤おしらべつ ⑥ほにおい ⑦いちゃに ⑧いそぶんない⑨しりうち ⑩ちさか 
町の名もあれば字名もありで地図で探すのも難儀です。

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2007/10/05

国境について(First part)

  北海道から遠く離れた本州の南端の方に住んでいると全く気にもせず考える事も殆どないことがある。
  そう国境線と言う目に見えない線の存在について、納沙布岬に来て初めて認識した。
  岬の前方に存在する線と、道東の地に住む人にとっては珸瑶瑁(ごようまい)水道や根室海峡を隔てて否応なしに現れる北方領土の存在は、帰りたくても帰れない元島民やその末裔の皆さんにとっては言葉に出せない苦悩の日々であろうと海霧に煙って見えぬ僅か3.7km先の島影を思いやりながら考えてしまった。
  未だに不法占拠され続ける北方領土について、その事実は知ってはいるものの実感はなく岬の先端に立って初めて実感した、ココは国境の岬だと。やはり現場に来なければそこに置かれた現実は判らない。
  北方領土の内、国後島、択捉島、色丹島、歯舞諸島は一応知ってはいたが歯舞諸島を構成する島々については貝殻島、水晶島以外全く知らない、皆さんご存じ?
萌茂尻(もえもしり)島、秋勇留(あきゆり)島、志発(しはつ)島、春苅茂尻(はるかるもしり)島、多楽(たらく)島、海馬島、勇留(ゆり)島、オドケ島、カブト島です、幾つ知ってました?(無人島含む)
  ところで北方領土でどれだけの人々が暮らしていたか知ってますか(私は知りません、北方領土も知ってはいるけど程度の認識ですから)
終戦時3,124世帯、17,291人(内訳は国後島7,364人、択捉島3,608人、色丹島1,038人、歯舞諸島5,281人)ですが今は日本の領土でありながら日本人は一人も住んでいません。(平成18年3月千島歯舞諸島居住者連盟調べ)
  この内どれだけの方が生存されているかは判りませんが関係者の多くが根室支庁管内で望郷の念に駆られながらドウしようもない現実の中で暮らしている様です。


*数字、島名等「北方領土問題対策協会」の資料による
なお、「元島民が語る北方領土」23名の元島民の手記を読んでみてください。何かを感じてもらえると思います。
「ソ連軍の侵入」「占領生活、脱出、樺太を経由して引き上げ」「引き上げ後の生活」「返還運動」について記述されています。サイトは↓
http://www.hoppou.go.jp/gakusyu/voice/index.html

◎お遊びコーナー(中級コース)
①茅部 ②然別 ③霧多布 ④母子里 ⑤納内 ⑥訓子府 ⑦虎杖浜 ⑧積丹 ⑨白符 ⑩銭函

①カヤベ ②シカリベツ ③キリタップ ④モシリ ⑤オサムナイ ⑥クンネップ ⑦コジョウハマ ⑧シャコタン ⑨シラフ ⑩ゼニバコ
どうです、そのまま読めば良いのもありますね。


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