家島群島
平成の合併で姫路市に吸収された旧飾磨郡家島町の島々で、全体ひっくるめて家島群島と呼ばれている。
島の成り立ちは六甲山地の隆起に伴う播磨灘西部の沈降によって残った山頂部だとか。
明治の終わり頃から男鹿島、西島で切り出される石材の運搬業と造船業が盛んになり今でも多くのガット船(自航式石材運搬船のこと)の基地だそうです。
人が住んでいる島は家島、男鹿島、坊勢島、西島の4島そのうち西島の住民は採石に従事する者のみ。(データ出典日本離島センター刊SHIMADASより)
今回は姫路から小豆島福田港への航路から見た無惨に削り取られた西島にスポットを。本当はもっと早くにUPするつもりがいろいろな都合で今にずれ込んだ。
季節の話題で無いと言うことで・・・・。
左のラインフェリーの航路(Google Earthより)
家島群島西島付近航行中のフェリー姫路発小豆島行き、季節あるいは午前、午后便によっては姫路←→小豆島、がら空き。
採石のため島内は粉塵?で煙って見える
右側の中腹の突起物半分削られ中途半端に残ってる、ここからは判らないが、何でなんだろうね。手前は海面すれすれまで削り取られている。セメントの原料として採掘された秩父の武甲山と同じで無惨な姿だ。最も明治時代から採石していると言うから当然か。国立公園内にこういう景観が有ると言うのは如何なものかと思うがこれで生活が成り立ってる島だけにあれやこれや言うのもなぁ。
院下島?勿論無人です、人の住むスペースもない。
↓は頂上岩(頂の岩、コウナイの石、天の御柱とも言われいる)高さ8m周囲25mの巨岩
削られてるのは西島や坊勢島だけでは無い、小豆島だって結構岩肌剥き出し。島内には大阪城築城用の石材切り出しで残された石を並べて観光名所になってたりするが。
初冬の瀬戸内の落日,良い風景ですが寒々しく感じませんかね。福田港で
島の成り立ちは六甲山地の隆起に伴う播磨灘西部の沈降によって残った山頂部だとか。
明治の終わり頃から男鹿島、西島で切り出される石材の運搬業と造船業が盛んになり今でも多くのガット船(自航式石材運搬船のこと)の基地だそうです。
人が住んでいる島は家島、男鹿島、坊勢島、西島の4島そのうち西島の住民は採石に従事する者のみ。(データ出典日本離島センター刊SHIMADASより)
今回は姫路から小豆島福田港への航路から見た無惨に削り取られた西島にスポットを。本当はもっと早くにUPするつもりがいろいろな都合で今にずれ込んだ。
季節の話題で無いと言うことで・・・・。
左のラインフェリーの航路(Google Earthより)
家島群島西島付近航行中のフェリー姫路発小豆島行き、季節あるいは午前、午后便によっては姫路←→小豆島、がら空き。
採石のため島内は粉塵?で煙って見える
右側の中腹の突起物半分削られ中途半端に残ってる、ここからは判らないが、何でなんだろうね。手前は海面すれすれまで削り取られている。セメントの原料として採掘された秩父の武甲山と同じで無惨な姿だ。最も明治時代から採石していると言うから当然か。国立公園内にこういう景観が有ると言うのは如何なものかと思うがこれで生活が成り立ってる島だけにあれやこれや言うのもなぁ。
院下島?勿論無人です、人の住むスペースもない。
↓は頂上岩(頂の岩、コウナイの石、天の御柱とも言われいる)高さ8m周囲25mの巨岩
削られてるのは西島や坊勢島だけでは無い、小豆島だって結構岩肌剥き出し。島内には大阪城築城用の石材切り出しで残された石を並べて観光名所になってたりするが。
初冬の瀬戸内の落日,良い風景ですが寒々しく感じませんかね。福田港で
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