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2008/03/31

Wakayama Castle Now!(懲りずにサクラ)

  昨日は☂今日は晴れたが、夜ザクラ見物は寒い。数日前の陽気で片付けてしまったブルゾンをまた引っ張り出してきた。花見も日中はそれなりに賑わっていたが夜となると寒さが応えるのか宴会組は少ない。夜店も早々店じまいしてるところがあった。それでもライトアップしたサクラの周りには写真撮る人がチラホラ。



こちら側の夜店は殆ど閉店

  こちら側は頑張ってた、暖かいものが売れているようです。

ライトアップの和歌山城

  右側はサクラなんですが暗くて判らない(写真の腕が悪いのか)
今夜もこういうシーンは見かけなかった



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2008/03/30

mont・bell club フレンドフェア in Osaka

  私もモンベルのユーザーなんでメールの案内にノコノコ行ってきた。目的の一つはカヌーイストの野田知佑氏のトークショーを聞くのと当然の如く安く買える何ぞ無いかと。

↑ゲストの面々
野田氏の話の大要は
  子供が川で遊ばなくなった、一番いけないのは「子供は川に行ってはいけない」「川で泳いではいけない」と言う考え方が徹底してることだと。日本中の川原に行ってみると「遊泳禁止:国土交通省」「いい子は川で遊ばない:国土交通省」という立て札が30年も前から立っていたんです。みんな良い子になって川で遊ばなくなったんです、だから40歳以下で川で遊んだ人は少ないんです。昔我々が子供の頃を考えると、夏は日本中の川で子供の歓声が聞こえたものです。最近の日本の川って歓声が聞こえない沈黙の川だと。
  「川の学校」でやってることは、とにかく川に放り込む。放り込むと言うのもただ放り込むのでなく1つの目的として魚を獲ろうと言う事で、潜って水中メガネをつけさせて魚を追わせる、そして小さな銛を持たせるんです。一日中潜って魚を突かせると夕方には一匹か二匹小さな魚を突いてくる、これで彼等に何かが変わる。川って魚を獲るのが一番楽しいのです。ナイフを与えて獲った魚を割いて料理して食べる。そう言ったことをやると「川ガキ講座」が終わる頃には、獲った魚を見るとみんな口々に「食べよう」と言うんです。これはすごいことなんで、「キャッチ・アンド・リリース」なんて言う偽善的な釣りが流行ってるが、そう言うことでなく「獲った魚は食べる」と言うのは非常に健全な発想。それを何となく身に付けてしまう、そういう子供達は我々の誇りだ。
  今の学校の川に対する対応は納得出来ないとも。
それと日本では手ですくって水が飲める川が本当に少ない、吉野川(野田氏の住まいのあるところ)も良いが和歌山県の古座川も数少ない水のキレイな魚の多い川だ、遊ぶのにもってこいの。四万十川はもうダメ、上流のダムが古くなってヘドロが堆積それが川に流れ込んで汚れてるとの事。あそこはもうダメだそうです。

  夜川辺で焚き火を囲んで話をする、これは至福の一時、みんな川に行って遊んで焚き火を囲もうと言う事で野田氏お得意のハーモニカの演奏もあった。

  なかなかどうして「ハーモニカライブ」するくらいの腕前で有りますから。
   
  何かイベント(モンベル主催)があると、野田知佑氏が辰野勇モンベル社長が、若しくはモンベル社長居るところに野田氏が居てるシーンが多い「OUTWARD」というモンベルクラブの機関誌にも連載エッセイを寄稿している。

対談中のツーショット㊧辰野社長㊨野田知佑氏

  私が子供の頃は鬮の川(くじのかわ)でよく泳いだものです、当然親の監視は有りません。完全放任でありましたが何も問題は起こらなかった。ウナギ獲り川エビその他諸々時に蛇も一緒に泳いでた清流でした。現在の鬮の川はコンクリート護岸でとても泳げる状況にないし水質も子供の頃の面影なし。、どちらかと言うと大きな溝状態。アァ・・・・の一言。また私の子供も御坊在住の頃は日高川の上流に時々出かけたものですが和歌山に移住後はバッタリ川とは縁が切れてしまった。野田氏指摘と同じ状況だ。
*鬮の川:7万分の1位の地図でやっと名前が見える位の小さな田舎の川です。
     
野田氏推奨の古座川のカヌー遊びです、串本はモンベルタウンでもあります。

野田知佑:カヌーイスト、エッセイスト、作家。
日本の川を旅する(新潮文庫)等著作多し
徳島県美波町在住
何冊か読みましたが私的には結構面白いエッセイだと思っています。



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2008/03/29

Wakayama Castle Now!(夜ザクラ)

  趣味悪く夜の花見客の生態を愛でんと和歌山城に出かけた。夜店は頑張ってたがいかんせん花冷えで人出が思ったより少ない。

  この程度だもんね、夜店のお兄さん、お姉さん手持ちぶさたでしたよ。折角のかき入れ時に客が少なくて気合い入らないこと夥しい。

  カラオケも無く妙に静かでありました、そう人出が少ないので盛り上がらないことこの上なしってな塩梅で。

  こっちの方が盛り上がってました、大道芸人のパフォーマンスなんて初めてでは無いでしょうか。

口に含んだ何かを

ブーとやるとご覧の通り

  プロの芸人だそうで、この後帽子が回ってきた。なるべく価値のある物を入れてくれと。持ちあわせが無かった物で足早にこの場を離れた(^_^;)。
                
  人出が思ったより少なかったので酔客の生態見物は出来なかった。明日の天気が気になるがここ2、3日思いがけない寒さゆえサクラが咲くのを控え気味で華やかさに欠ける。これで☂でも降った日にはあーたドースル?

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2008/03/28

Wakayama Castle Now!(城内の小動物達)

  和歌山城のお堀からユリカモメが消えた、残るは何時も見かける鳥ばかり。

  以前鷺?と書いたがアオサギだそうです、営巣してるところを見ると和歌山市に住民票があると思われる。結構数が有るようで駐車場に糞害に注意と書き物が。

マガモ、ユリカモメが無くなって目立ってきた

  ハトにも恋の季節って有るのかね。唇(くちばし)合わせてたよ、それもかなりしつこく。
     
  テント村が出来てると書いたがお茶会用のものだった。折りたたみ椅子が大量に準備されていた。畳の上ではないのです。折りたたみ椅子に会議用の長テーブルで御薄を戴くのです。毎年行われている「お城フェスタ」の行事の一環でしょうか。明日、明後日天気の良いことを市民として祈っておこう。



  久し振りにリスです、以前に書いた老夫婦のもとで餌を貰ってました。何故かポケットにピーナッツの持ってないときに出てきてる。連写で撮ると動きの速いのも何とか絵になりますね。


  ”おまけ”昨夜のライトアップのしだれ桜、とコイ。伊豆の河津サクラもライトアップしてるとかラジオで言ってた。

  今日見た限りでは土曜日のサクラは5分~7分咲き位か、日曜日の天気予報雨模様とか、予報するから外れるのだと言うからハズレを期待して。


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2008/03/27

Wakayama Castle Now!(サクラ、サクラ3)

この時期以外は見かけない物が城内に出現した。但し今年は「和歌山城天守閣再建50周年記念事業」の絡みか例年と様子が若干異なるようです。
 
毎年ガスボンベ持参のバーベキューは見かけるぞ、さすがにたき火は見かけないが

ロープだけでは堀への転落防止にはならないと思うがそれなりに抑止力があるのかね
     
例年効果なし、かえって勧めてるようなもんだよ

花見シーズン定番、露店もスタンバイ

警備員詰所or泥酔客保護施設?

満開ですね「しだれ桜」、でも例年に比べて花の密度が少ない気が。誰かの頭髪擬きだ。

↑今年は「しだれ桜」がライトアップされるようです。お堀のコイにもライトアップされるようです↓



出現したテント村50周年事業の一部か詳細は不明。お茶会が行われるという話も聞いたが確証なし

酔狂な方がいらっしゃるのね。食パン持参でヒモ付けた洗濯ピンに食パン挟んでコイに餌付けしてる御仁が。ハト婆ほど迷惑ではないが傍目には正常と思いがたい雰囲気が・・・・。まぁここはネコに、ハトに、リスに、色んな動物に餌やる人が出没する。



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2008/03/25

Wakayama Castle Now!(サクラ、サクラ2)

  今週末が見頃か、城内に人が多くなってきた。
多分見頃を見極めに来てるんだと思うが・・・。

  露天商組合の場所割りも始まってるし見頃は近いって事だろうね。この辺り2,3日もすれば露店がずらっと並ぶのです。色んな食べ物の匂いがサクラに誘われた人々の五臓六腑に染みわたるのだ。

  サクラと関係が有るのか無いのか知らないが西の丸に大きなテントが工事中だ。何が始まるんだろう?

  一部はもうこんな状態だ、一日とは言えない昨日はここまで咲いてなかったぞ。

  少しばかり咲いた場所で真っ昼間もう盛り上がって人もおりました、休日でもないのにさ。

  2,3日後の夕方になればカラオケセット持った御仁達がココを満たすのだ。普段何処にいてるか判らん人が何故かこんなところで存在をアピールしたりして。

  サクラに気をとられて危険な場所に近寄らないこと。野面積み石垣も老朽化が進んで崩落がしばしば。この上にもサクラがキレイに咲くんだよ。でもなぁこの時期に崩れなくても。

本日のしだれサクラ、満開と言えば言えなくもない。



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2008/03/24

Wakayama Castle Now!(サクラ、サクラ)

  城内のサクラの蕾がほころんできた、見頃もまもなくの感じであります。

枝のピンクが目立ってきた、暖かいから咲くのも間近。

こう言う具合ですから

  どこの世界にもあわてんぼうはいてるのです、たった一輪だけさいてました。

  お天気もよろしいのでシルバー人材Cの皆さん清掃、草取りの奉仕活動中でした。お陰で和歌山市民はキレイな状態でサクラ祭を楽しむ事ができそうです。

  大手門入った直ぐ側のしだれ桜が5分咲き?ここは結構長い間楽しませてくれます。WBSによると満開と言ってたが。

  お城がサクラに包まれるのも間近です、夜桜より花見客の酔態を眺めるのを楽しみにしてる今日この頃でありますが悪趣味と思わなくもないです。ワシントンDCのポトマック河畔の花見は飲酒厳禁ですから静かに(人出はメチャ多い)楽しめましたが日本は江戸の昔から花見とお酒はつきもので長い伝統はどうしようもないですね。故に別の角度から眺めることにしておるのであります。但し今年は酔客の側に身をおく予定でありますが(-_-)
         
関係ないけど今年のWashington DC
Cherry Blossom Festivalの
"Official Collectible Lapel Pin"

因みに去年(4/3)のワシントンDCのサクラです。



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2008/03/23

Wakayama Castle Now!(城門考)

  和歌山城の出入り口は5ケ所でその造りから3種類に分類されるらしい。

①追廻門と②不明門(あかずの)、③岡口門と④大手門、そして⑤吹上門です。
  追廻門と不明門は正面が石垣で右または左に曲がらないと入れません。
  追廻門、正面石垣で内部を見せない構造になっている。

  不明門、ここも正面が石垣です、左に曲がらないと入れません。
  岡口門と大手門は城門を入ると広場が広がっており、この空間を内枡方(うちますがた)と言い直進すると大手門側は一中門に岡口門は岡中門の虎口に至ります
        
  この虎口を閉じれば四方を石垣で囲んだ枡形から出られなくなる構造になってるとか敵の攻撃のディフェンス面を担ってると言う訳です。

岡口門

大手門(一の橋側)判りづらいが正面一中門

  吹上門、一番開発が進んだ場所ゆえ江戸時代の面影はまったく失われている。ここは和歌山城の総入口だった。旧中消防署跡が一の橋と同様の橋が架かってた(先般の発掘調査で橋の基礎部分が確認されている)

  「紀伊国名所図絵」による当時の様子。吹上御門周辺は物資搬入の船着き場の出入り口として荷の積み下ろしで賑わってた様子が伺える。
和歌山市学芸員から聞いた話及び探訪和歌山城(ニュース和歌山)の資料による

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2008/03/21

季節の花

  表題に偽りがありそうですが田舎の実家の庭に以前からぽつんと雑草風情で風に吹かれて咲いていたが名前も知らず気にも留めずでそのまま見過ごしていた。
  今回帰省時数が増えて人目を引くように咲いていたがこの時期ピンク系の花は目立つ。カタバミ科の花で「オキダリス」(オキザリスではないよ)と言うんだと知り合いに教えて貰った。
  冬の花かと思ったらそうでなく結構1年中あちこち咲いてるので雑草と思われるらしい。
  まぁ草花の類ですから間違われるのかも知れないが花壇等で集団で咲いてるのを見ると結構綺麗に見えるのですよ。
 
この花和歌山では見たことがない、私が知らないだけか
 
  冬に咲いているがこの花「冬しらず」(寒咲カレンデュラ)と言うのだそうです。年に10ケ月程咲いてるとか、これもここ和歌山では見かけた事がない。
  最も臘梅だって秩父辺りの物かと思ってたら和歌山でも咲いてたから、これも知らないだけか。しかし「冬しらず」なんて名誰が付けたんだろね。

  もう峠を越えた水仙。これは紛れもなく冬の花ですな、和歌山城内でも沢山咲いてる。

  この花の側を通れば垣根の向こうだろうと直ぐ判る。沈丁花だ、小林製薬の芳香剤擬きの香りを放つから。

  この時期これですな。田舎の開花予想は今月末とか言われてるが結構あちこちに咲き乱れてましたぜ。
  潮岬測候所の標準木だけが遅れてるだけなのさ。

  山桜も咲いてました、元々この手は早いのですが。この近くに特別養護老人ホームがありまして入所のお年寄りを楽しませております。

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2008/03/19

Wakayama Castle Now!(石垣考)

  和歌山城は石垣が多用され非常に重厚な造りナンダとか。何度となく火災に見舞われその都度修復工事等が行われた。和歌山城は石垣を見ればその時代が判るんだそうです。

  野面積みと言います、和歌山城では一番古い石垣だそうです。自然のママの石をそのまま積み上げる方法でメリットは非常に水はけが良く頑丈だと、デメリットは昇りやすいゆえ敵に対するディフェンス面で不利。緑泥片岩と言う紀州特産の石が多く使われているが近年傷みが著しい。

  同じく野面積み、結構多用されてます。

  箱積み、見ての通り箱を積み重ねた様に積んで石材は加工されてます。敵に対する備として優れているのが長所。ハギの手法に依る箱積みで現在の手法にも劣らないとか。亀甲積みも同じく高度な技術だと。

  亀甲積み、和歌山城で一番新しいそうです。時代によって工法も進化しているのが判る。施行が難しく高い石垣が作りがたいのがデメリット。
   
  和歌山城で一番高い石垣で高さ13間(23.4m)。寛永2年築造と説明書きがある。高石垣と説明あるが高いからそう言うのか石積みの工法なのか判らない。
  以前にも書いたが豊臣・浅野時代に使用した石材に刻印のある石垣がある。刻印は2100個以上の石に確認されており使用した石材は泉州砂岩である。刻印の真意は明確には判っていない。(浅野家の家臣の協力の証として刻印したのではと言う説もあり)
語り部のオジサンに聞いた話ですので、年齢からしてメモリも多少?揮発性を帯びてきてますので思い違いあるかも知れません、悪しからず

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2008/03/17

旧西本組本社ビル (登録有形文化財第30-0042号)

  当ビルは昭和2年西本組本社として建設され昭和の南海地震、東南海地震にも耐え且つ先の大戦の空襲にも耐えた幸運なビルでもあります。
  現在当ビルは「西本ビル保存活用の会」の手により維持管理と活用がなされている。築80余年煉瓦タイル貼りの外観、そして重厚な玄関の存在感は今も健在です。
  付近には大きな建物もなくポツンと建つ西本組ビルですがその歴史は大きいのです。現在の三井住友建設の前身であり満州鉄道の建設にも携わる大きな会社だったとか。
    
  正面です、いささか斜めではありますがこの建物の風格が伝わりませんかね。
    
  真裏です、意外にスッキリしてませんか。
    
  少々アングルを変えて左側から。
    
  こちら右側からです。

  玄関に残る西本組の文字、このビルが存続する限りこの文字も不滅であります。これから先もこの地に密やかに佇んでいてほしいものです。
  残して欲しかった旧三和銀行や三井銀行も取りつぶされ新しい無機質な建物が跡地に建設されてしまった。
  保存か機能優先の新しい建物かの是非はその筋の偉いお方に任すとして、人の心と同じで換えがたい暖かみが古い建物には有ると思うが如何?



    

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2008/03/16

月ヶ瀬梅林(奈良)

  みなべ梅林(和歌山県)は再三行ってますが、たまには他所の梅林も愛でておこうと寄ってきた。みなべ梅林は既に散ってしまって閉園になってると聞いてはいたが月ヶ瀬梅林はまだ三分咲きと旅行会社の添乗員のおネェちゃんの話で行ってみて驚いた。三分咲きがどの程度か見当も付かず現地を見て納得した。殆ど咲いてないのね、チラホラならまだしもチラだけなのですよハイ。





探せば咲いてる梅もありました。

真福寺の近くが絶好の展望台なってにいました。
  境内にお掃除小僧なる像がありまして、こう言っておりました。「心の中に沈んだ苦しみや悩みを取り除いて欲しい人は、小僧さんの頭をなでてお願いしてください、この箒ではき清めて呉れる」とありました。信じる人は救われるのです、頭だけが黒く光ってましたが私は猜疑心が強いもので横目で眺めて・・・・・。

近場の農協さんの建物横に今となっては珍しいと思えるものが有りました。私が小学生の頃何処の学校に行っても有りましたよ、この像が。でも今の人は多分知らないでしょう、何?それと言われそうですが。
  
  そう二宮尊徳、通称「二宮金次郎」であります。もともとは銅製の像と石像があったが先の大戦で銅製の像が金属供出で無くなり石像が残ったという話。
  それと老朽化した校舎の建てかえで撤去されあまり見かけなくなったとも。

  二宮尊徳翁↑は報徳思想を唱え後、翁の高弟岡田良一郎が勧業資金積立組合を創設、これが後の掛川信用金庫のルーツでありますから組合系の農協さんに有っても不思議では無いのかと。私めは昔千葉は鎌ヶ谷市に中村紀文さんなる方が居られまして報徳社と信用金庫の関わりをイヤと言うほど聞かされた記憶が遠い過去にあります。何でこんな話に行っちゃったんだろ。


  梅もさることながら五月川の流れがなかなかのものでありました。梅渓と言われてるくらいですから山合で坂道ばかり。普段山道?は歩き慣れないものですぐギブアップのていたらくでありました。

梅はロクに咲いてもないのにお土産屋さんの数が多かった。

  梅の里です、マンホールの蓋まで梅の花でありました。月ヶ瀬村は三重県と京都府に囲まれた県境の村でしたが今は町村合併で奈良市の一部です。何でココが奈良市って感じでもあります。
  新聞には兵庫県たつの市の「綾部山梅林」満開と報道されてたがここは遅いんだね。

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2008/03/13

法隆寺(斑鳩寺)

  日本最初の世界文化遺産とは知りませんでしたし法隆寺って何宗かも知りませんでした。
  皆さんご存じ?、ただ法隆寺を知らない人は日本では皆無とは思いますが。
  あまりにも有名なるがゆえに知らない部分って結構あるんですね。 
  聖徳宗と聞いて、聖徳太子が造られたお寺なんだと思い到る訳で有りますが。607年(推古15年)と気の遠くなるほど古い話であります。

  小さくて読めませんね「日本最初の世界文化遺産」と書かれてます。
  まぁ年齢的と言えましょうが法隆寺と来ればこれを思い出します1946年発行の100円紙幣です、何時まで流通してたかは知りませんが子供の頃は見かけました。
   
表は聖徳太子と夢殿(天平11年)裏は金堂と五重塔(わが国最古のもの)

南大門(室町時代)法隆寺の玄関です。

中門及び回廊(飛鳥時代)

金堂(飛鳥時代)
      
五重塔、釈尊の遺骨を奉安するためのもので仏教寺院では最も重要な建物とか。

大講堂延長3年焼失、正暦元年再建された。

法隆寺の中で一番のお気に入りがこの回廊です。

西円堂(鎌倉時代)、八角造りの円堂。道すがらの土塀がなんとも良い感じで。

東大門、夢殿に向かう途中に建っているこの門、珍しい三棟造りと言う奈良時代を代表する建物の一つ。

夢殿、中央の厨子には聖徳太子等身の秘仏救世観音菩薩が安置されているが秘仏ゆえ、お目通りは叶いませんでした。

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2008/03/10

お水取り

  久し振りの遠出と言っても隣県は奈良の東大寺で行われる「お水取り」に行ってきた。春を呼ぶ年に一度の伝統行事ですからこの目で見ておこうと。
  一般的に「お水取り」と言われる行事ですが、正式には「修二会」(しゅうにえ)と言って天平勝宝4年(752年)東大寺開山良弁僧正の高弟実忠和尚によって始められたと伝えられ、以後一度も途絶えることなく続けられ今年で1257回を数える。
  現在は3月1日から2週間にわたって行われているが、元は旧暦2月1日から行われていたので二月に修する法会と言う意味を込めて「修二会」と呼ばれ二月堂もこのことに由来しているそうです。
  また、行中の3月12日深夜には「お水取り」と言って若狭井と言う井戸から観音様に供する「お香水」をくみ上げる行事が行われ、またこの行事を勤める練行衆の道明かりとして毎夜大きな松明に火がともされ参集した人々を沸かせるのです。
  このため「修二会」は「お水取り」「お松明」と呼ばれるようになったそうです。
「修二会」の法要は「十一面悔過」と言い十一面観世音菩薩を本尊とし「天下太平」「五穀豊穣」「万民快楽」などを願って祈りを捧げ人々に代わって「懺悔」の業を勤めるのです。
  前行、本行を合わせてほぼ1ヶ月、準備期間を加えれば3ヶ月にも及ぶ大きな法要となるそうです。

夕映えに染まる東大寺大仏殿です。

  早く来ないと良い場所が確保出来ませんが皆さん何故か二月堂に背を向けて座ってます。そうなんです坂になってるため二月堂向いて座ると後ろにひっくり返るのです。奈良警察の案内が有るまで皆さんこの状態。

  お松明はこの階段昇って二月堂に向かうのです。かなりの重さと聴きました。12日の篭松明は重さ70kgと言う話でした。

本日使用の松明です。杉玉を竹にくっつけた感じです。

これは12日のクライマックス用篭松明。

  1時間前やっと皆さん起立二月堂向きました。これから1時間立ったまま時を待つのです。

  始まりました、きっかり19時です。これから10本の松明が二月堂向けて昇って行きます。

  ぽつぽつ光る点は携帯の明かりです、携帯で写真を撮るためあちこちでホタルが飛んでる状態になります。これが近年ひんしゅくを買ってると(フラッシュと合わせて)

降り注ぐ火の粉、大丈夫です真下は立入禁止区域です。



  最後は大拍手でお終いとなります、この間約20分。風もなく、☂も降らず、寒くなく素晴らしい1日でした。

(

)

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2008/03/07

大和街道ウォーク(高野口駅界隈)

  この辺りまだ明治は健在なのであります。降り立ったJR高野口駅からして明治45年(1912年)に作られた物です。この駅は旧紀和鉄道「名倉駅」として明治33年(1901年)開業、その後関西鉄道に買収され後明治40年(1907年)国有化され高野口駅に。南海鉄道(現南海電鉄)が開業するまでは高野山の玄関口として賑わったのです。
 
  そんな訳で駅正面に高野山参拝の拠点となった3階建てのモダンな旅館が有ります(現在は営業してませんし館内見学も行ってません)
 
  築年不明、多分聴いたのだが失念したが100年は経ってると記憶している。国の登録有形文化財であります。ガラスも当時のまま(全てではないが)で今のものと違って波打って外を眺めると歪んで見える。
 
  写真が小さくて分かり辛いが㊨から2枚目なんか結構歪んでましたよ。
    
  高野山金剛峯寺御用達の看板が当時の名残を偲ばせる。

  東京都内の町名の符が、どうも町火消しの標のようなものでしょうか。御徒町なんてのもありました。棚には時代物の陶器類が沢山「お宝鑑定」に出すと結構値が張ったりして。
  ハハ要らぬお世話で。
   
  昔のお客送迎用の自家用車か、でも駅目の前だし必要性は?
  ところでこの力車の下にぶら下がってる物は何だろうとよくよく見れば「わら草履」「弁当用柳行李」「竹筒(水筒?)」「瓢箪(酒入れ?)」で有りましたところを見るとそれなりの距離を走ったのかな
 
  なかなかレトロで良い感じではありませんか。これで蛍光灯でなく裸電灯であれば完璧!なんですがね。
  
  ㊧何ともレトロな電話だが私が就職した当時の田舎にはまだ現役で使った記憶が㊨カブトビールなる広告入り鏡、このブランドご存じの方は相当にご年配な方だと。
  右~左に読みますから相当に年代物でしょう。
 
  ハンガーを掛ける木製フック、折りたたみ式であります。年代は判りませんが時代からして粋なギミックではありませんか。WADA BRANDなる刻印がありましたが今でもメーカーは存在してるのでしょうか。
  普段見せてくれない葛城館の内部を当主のご厚意でちらっとだけ公開。

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2008/03/05

Wakayama Castle Now!(啓蟄)

  冬の間コモに巻かれていた松のコモ外しが始まった、と言うよりあっという間に終わってしまった。
  毎年啓蟄の日に行われるのですがコモを巻くには何日かかけて丁寧に巻いてるが外す時はあっけない。コモの中に虫はいたのだろうかね、この手は好きでないから覗かなかったが。




 
  天気に恵まれた今日、作業中のおじさん達の姿に何とナシに春めいた気分に。
  ところで新裏坂の手前の林で知らない鳥が数羽羽を休めていた(気が付かなかっただけで何時も居てるのかも知れないが)鶴の一種か、鷺の一種か?
  


  本日のリスめにございます、餌の貰い過ぎかメタボな感じが。人の世界だけでは無いですな、ネコにしても犬にしてもチョッと待てって感じが増えておりますですハイ。まだあった堀のコイも良い体格です。

餌を貰うのはハトだけでは無かった、コイに餌やるオジサンもいるのです。


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2008/03/03

無量光寺の首大仏様(おぼとけさま)

納定の大福寺に初代丈六仏(1736年頃)、後本堂炎上丈六仏も炎上、第二代目鎌倉の大仏様を目標にまずお首だけを鋳造1840年開眼法要その後、お首にご仏体を継がんと企てられるも思うに任せず(お金が無かった)大福寺の伽藍も安政元年の大地震で全部漬滅に帰して寺の維持も困難となり1908年廃寺となり首大仏は無量光寺に安置され納定の時代と同様温容をもって慈悲忍尋の恵を参詣者に垂れ給うのであります、と案内版に。

  向かって左側「禁殺生」右に「禁葷酒肉」とある。殺生はしない、生臭いものや酒はだめとさ。
  掲示板に「悪をあらため善人となりて念仏せん人は仏の御心に叶うべし」と。
  誰かに似ているような気がしますが思い出せません。
  しかし首だけの仏って全国的に見ても珍しいそうですね。無量光寺に首大仏があると言うのは聞いて知っていましたがマジマジ見たのは初めてであります。

   
  正面からのお姿です、これに仏体が付くと鎌倉の大仏並みの大きさになるのだろうか。首から上の病に御利益があるとか、頭痛もちのかた一度行ってみては如何。
   
横顔にございます、なかなかイケメンではないでしょうか。

本堂です文政12年創建「里宮山寿経院無量光寺」と長い山号です。紀州藩主徳川治宝公が堂塔を建立し不断念仏の道場としたが明治14年火災により堂塔が縮小されたと言う事です。
   
山門側の屏の作りが粋ですが右側がブロックと言うのは何とも。落差が有りすぎだよ。

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2008/03/01

Wakayama Castle Now!(squirrel Version)

  四つ足動物でよく見かけるのはのらネコリスで有ります。
  他の動物(ねずみ、イタチの類)はあるのだろうが見かけた事がない。

この姿、やはりネズミ目リス科だね。

  えさ(ピーナッツ)の匂いが判るのか足下に寄って来るのです。結構慣れ慣れしいので有りますが当方としましても嫌われるよりはピーナッツ目当てであっても寄って来る方が可愛くて良いじゃないかと。
  リスだって危険性のあるヤツには近づきませんでしょうから。しかし気をつけないとナメられてしまう可能性否定出来ずね。ところでこんなリス達の世界にも♀を巡る♂たちの争いがあるんだそうです。子孫を残そうとする動物の本能はリス達にも例外では無いってことですな。

  ピーナッツを食べる姿は可愛い物です。動物の世界特に和歌山城内のリス達にとっては1つのファミリー集団ですから♀を巡る争いなど想像もしなかったが数が増えてるって事はまぁそう言うことなんだ。
       
  ちょいとモノクロにしてみたが面白味ない。大きくなるとあまり可愛くないなぁ。

  それに引き替え子リスの方がなんぼか可愛い、人間の世界と同じだ、大きくなると可愛さがなくなる。
  ところで和歌山城のりすはタイワンリスの帰化種ダそうです。全国的に繁殖して固有のニホンリスが絶滅寸前とか何かで読んだ。

和歌山にも臘梅が咲いてたぞ。


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