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2008/12/31

大人の工作

  今使ってるパソコンいささかご機嫌麗しくなく何となく買い集めた部品が一台組み立てられるほどになったので組み立てることにした。今年最初にして最後の工作です。
  今のも自作でOSの再インストールすれば機嫌治るのは判っているのだが、そこはそれ新しい物が欲しいと言う物欲に抗しきれず・・・・・・。とは言うモノの時間の係りすぎで最新型CPUのつもりが一世代前になってしまった。
  まぁオジサンの使う事だからそう高等な事をする訳では無いので機嫌良く動けばいいやと言う事で。
  私の知人なんて何世代も古い市場から消えたような物を後生大事に使ってるからそれに比べれば何ぼかましだと、そうOSはWindows3.1と聴いたような。

  プラモデルなら糊付けしたりしますがパソコンの場合は所定の場所に所定のパーツを差し込むだけの作業です。  間違うとセット出来ない構造になってますのでマニュアル通りやれば上手く出来ます。
  CPUをセット、ピタリと収まります、次いで冷却用ファンを取付、ファンのピンがボードに収まりにくくて。
  ファンのコネクタをボードに差し込んでメモリーをセットして、これも方向さえ間違わなければ素直に収まります。

  赤○に電源やHDD、USBやフロントパネルのスイッチ類の接続、このボードには便利グッズが付属してるので問題無いが一般的には+-間違わないよう小さなピンをさすのですが何れもマニュアルに書いてある通りにすれば何も問題なし。

マザーボードセット前の状態

  ケースに収めた状態、MicroATXのためボードを入れるのが知恵の輪的状態で有りました。ゲームやらないのでグラフィックボードは省略(オンボードに機能が載ってるので)
  上の赤○を結線するとこんな風にグチャグチャに、それにHDD取付冷却用ファン取り付けると二度とさわりたくない状態になります。組み立てて電源スイッチ押せば動く訳では有りませんよ。
  BIOSをチョコっといじって取り敢えずファーストブートにDVDドライブを設定、こうしないとOSがインストール出来ないので。他にもイジりますが・・・・。
  OSもWindowsXPにしたかったが安いVista見つけてついポチッとやむを得ずVistaをインストール。取り敢えず機嫌良く動いております、作った結論から言いますと自作は高くつきますね。ショップモデル買う方が安上がりの上リスクも少ない。
  自作は初期不良が出ると部品の交換をする羽目になります。
  何しろ作って見ないと答えが出ないわけですから。
  こんな事もう歳だからいい加減に卒業しないと身内から白い目で見られそうだしこの3作目でトリにしよう。(何処からか分かるものかと声が聞こえたのは気のせいか)

2009年はうっくい(新しい)PCでBLOGをUPしようぞ。


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2008/12/29

地震(田舎の話です)

  最近その手の話題静かになりましたが我が地方は東南海地震がいつ来ても可笑しくない状況だそうです。
  特に私の田舎は国道42号線一本で代替道路ナシ且つ海岸縁にへばりつくように造られてます故に地震が来れば陸の孤島化の可能性大であります。巷間の伝聞によれば東南海地震の際の津波の到着時間一番早いのです、ユトリがないのです。

  そう、その場合のわが故郷に対する県の想定は陸路でなく海路なのであります。

  昭和21年12月21日の南海地震の袋地区での津波到達点でありますがこのイチは民家の屋根の上であります。前は海、後ろは急傾斜対策のなされた山の法面です、従って退路の断たれた地域なのです。写真の階段避難路ですが行政が作った物ですから山の斜面に急勾配で俄仕立てに作られた避難路はお年寄りや体にハンデキャップのある人は絶対と断言しても良いくらいその道を使って避難なんて絵に描いた餅であります。作るだけなんですね、特にこの地区高齢者が多いのに使えるかと言うのは二の次なんですな。
  更に自然災害でも崩れる可能性の高い急傾斜法面に作られた避難路が地震で崩れない保証もなくその場合住民は何処へ行けば良いのでしょうか?
  この袋地区は字名の通り海岸が袋小路状態で津波の逃げ場が無いのです。しかも不幸なことに先の大戦の焼夷弾攻撃で多大な被害を受けた傷も癒えぬうちに南海地震の大津波で前述の地形故に壊滅的打撃を受けた地域でもあります。
  犠牲者も多くこの地区の殆どの家庭で誰かが亡くなったと聴いております、この二の舞にならなければ良いのですが。

  これは私の実家の近くにある津波到達地点の標識です。津波が来れば確実に水浸しになる可能性のある場所ですが海岸線は堤防や擁壁が造られ津波の襲来も当時と比べればかなり安全性は高まってるとの話です。

  市街地の海岸縁にこの立て看板、この場所で地震が揺ればまずアウトの可能性大、高い所にたどり着くより津波の方が確実に早く我々を襲う事は確実でありますよ。何しろほぼ3人に1人は高齢者の土地柄です。地震は我々の都合なんか斟酌してはくれませんから。
  ご覧のように何も無いときは風光明媚な田舎町ですが一度地震となれば両側が海ですからどちらからでも津波は襲ってくるのですよ。但し住民は置かれた環境は十分に理解しておりますので(思いたい)。

  それでも地震の際は和歌山県内で600ケ所強が孤立すると言われておりその対策がヘリコプターを中心に検討されているそうです。でも和歌山県にはドクターヘリ1機だけだったはず、とすれば航空自衛隊にお世話になる段取りなんでしょうか。幸い串本には航空自衛隊分屯基地がありましてヘリが良く飛来してますので頼りになるかも。



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2008/12/26

あの頃の思ひ出

  先日人形作家南條亮の作品展を見に行ってきた。以前、与勇輝の作品展を大阪守口市の京阪百貨店に見に行ってきたが人の手でこんなリアルに人間の営みを再現出来るなんて思いもしなかった。
  前者は「人間この愚かですばらしきもの」と言うテーマで戦後の混乱期から昭和30年頃をテーマにしてるが後者は古き良き時代をリアルな細工で再現してる。
  両者扱う人形の素材は異なるし作風も異なるがそれぞれに味わい深い物に出来上がってる。
  一部作品の部分(全体なんて撮れる訳なし)を紹介させて頂くが何故この二つかと言うと私の田舎で昭和20年代後半に日常的に目の辺りにした光景と見事に重なるのです。そう田舎には進駐軍が駐留していてアメリカ人を日常的に目にしていたから作品の様な光景が展開されていたのです。

  今では死語になってしまったパンパン(良い言葉ではないし語源が諸説あってはっきりしない)が進駐軍を客引きする光景です。外人なんて珍しい田舎のこと故イヤでも目についたのです。(当時は小学生ですから事の意味は分からなかった)
  その後はこういう光景は少なくなりましたが特定の将校相手のonlyさんなるものもありました。
  ココだけではなく基地の存在する場所ではよく見かける風俗でありました。
  まあ早い話進駐軍の現地妻ですね。善し悪しは別にして生きて行くためには仕方のない辛い時代だったのでしょう。

  これまた良く見かけて光景であります、当然ギブ・ミー・チョコレート何ぞと怪しげな英語ですり寄ってチョコレートをせしめていたのです。
  当時進駐軍が呉れたチョコレートは今も存在するハーシーの板チョコやキスチョコでありました。今もスーパー等でハーシーを見かけますと妙に当時の記憶と重なってつい衝動買いなどをいたすのであります。
  作品という形で戦後の逞しい人間の営みを後世に伝えようと取り組んでいらっしゃる人が居るのはその時代を知る人間に取ってはうれしいかぎりです。いずれこの時代を知る人間は遠からず消えてしまう訳ですから。
 この作品を見ながら一時回顧に浸ったのであります。

南條 亮氏のHPはこちら、昭和10年代生まれの方郷愁を覚える(多分)と思います。



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2008/12/20

Retired Personの閑話

  蟻の話です、蟻は勤勉な働き者としてイソップの童話に登場するが実際に観察してみるとみんながみんな一生懸命働いている訳ではないと。(色んな研究者がいらっしゃるのですね)
  集団の中で本当に働いているのは2割に過ぎない、後の8割はサボっている。
  サボリ集団集めて一つの集団を作ると2割がせっせと働き出した。
  逆に2割の働き蟻を集めて集団を作ると、とたんにその内の8割がサボリだした。
  とかく自然の営みはそんな物だと何かで読んだ北海道で長年獣医をされてきた竹田津 実氏の話です。
  ところで企業の中ではドウなんだろうと過去の勤務経験から考察してみた。
  例えば100人の従業員抱える企業があるとしましょう。一生懸命働くのは蟻と同じ2割と考えるのは妥当な気がするが蟻と相異するのは残り8割の内の何割かはそれなりに可もなく不可もない層で残りは働いているようで実は油売りと言えましょうかね。中には2:8の割合も存在するやも知れませんが・・・。
  また優秀な集団作っても同じような構成に落ち着くのでは無いでしょうか。
  但し決定的に相異するのはサボリ集団集めて1つのグループ作ってみるとその内の2割は一生懸命にとは行かないだろうと思うのです。落ちこぼれは集団になっても落ちこぼれでしかないのです。
  ドウでしょうか○×台のお兄さん納得しませんか。

  年末控えて企業のリストラ報道で騒がしく契約社員、正社員が疑心暗鬼で落ち着かないだろうと思う、気の毒なことです。
  この騒ぎが収まって企業が身軽になり業績も回復すると思われるが(思いたい)、これからさぁと言う時になってダメな船ほど優秀な人材(2割の蟻さん)が流出してしまい、残った人(8割の蟻さんです)はこの後に及んで船もろとも沈没なんてこと過去にも良くある話です。
  企業も従業員も船に乗ってるからには救命胴衣(預貯蓄)位は付けてないと身は守れないだろうと。
  これも面白い比喩として何処かのHPで読んだ。

こんな風にはなりたくない。某町の工場の廃墟です。

せめてこんな穏やかな海を航海したいよねご同輩。

  現役時代リストラとは無縁の企業で且つ2割の蟻さんに入れなかったオジサンの独り言でありますよ。

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2008/12/18

年末恒例(大阪駅前第4ビル前)

  ここは暮れに一攫千金を夢見る人が大勢集まる場所です。まぁ、汗水流さずに大金を目指すわけですからそうそう女神は微笑んではくれませんが集まる人の数に比例して高額当選が出る確率が国内有数なのであります。

  評判が評判を呼び人を呼び寄せるのです。御多分に漏れず年に一度だけノコノコ出かけてささやかな投資をするのですがハイリスク、ノーリターンが定番になっております。オリンピックの精神で参加することに意義を見いだして当選者のために資金の協力をするのであります。

  明日の発売最終日に向けて混雑防止のコーンが並べられてました。
  最終日の人の数はスゴイ物があります、また行列みて並ぶ人もあります。
  夢を買うなんて美しいことを言いながら心根見え見えで(汗)

  ジャンボ一筋なんてキャッチフレーズに踊らされ御堂筋名物の不法駐車の車も群れるのです。

  買う前の顔つきと買った後の顔つき、なんか違うのね。何でだろ?ヒョとして3億円は俺のもんじゃいなんぞと思いながら職場に家路にと・・・・・。

阪急百貨店の増床工事?↓

  梅田のビジネス街のど真ん中に場違いな光景が年に何度か繰り返されるのです。ハイこれも大阪の師走の一風景なのであります。




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2008/12/14

♪ここは串本

  久し振りの田舎の話です。実家の近くに古い神社が有りますが50年以上も昔に行ったきりで今はどんなかなと尋ねてみた。

  鳥居は有りますが神社名は有りません。以前は額があった形跡は留めてました。

  辺りの雰囲気からどうもこれが御神体(推測)のようです、昔井戸だったのか定かでは有りませんが水に関わりが有りそうな風情です。

  ご覧の通り社殿も祠も何もありません。沖縄地方の御嶽のような感じです。一部開けた上空から日が差し込むばかりです。名残の灯籠がポツンと残ってますが。
  神社の植栽からして鎮守の森の面影がはっきりと残っています。

  八重山方面で見かける亜熱帯植物の「オオタニワタリ」の大きなのを見かけた。適当な湿気とあまり射さない太陽がこの植物にいい環境を提供してるようです。
  昔は食用だったと聴きました、今は鑑賞用のようですが当地では結構見かけるものです。

  神社の近くに「あかばな~」(ハイビスカス)が今も咲いてますよ。

  海岸の遊歩道にはフェニックスもありますが気候のせいか元気が有りません。

  日本の夕日100選の潮岬の日没では有りませんが串本漁港の突堤最先端からの夕日もまた格別です。


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2008/12/11

足下の風景(その5)

  和歌山城周辺の歩道は信号もなく格好のウォーキング&ジョギングスポットであります。
  一周ほぼ2km朝、昼、夕、誰かが歩いたり走ったりしていますが夕食後は田舎のメインストリートより人出は多くなるのです。そんな歩道の途次に岡山の時鐘堂があります。
  歴史的に由緒あるものとは思ってませんでしたので過去一度しか上った事が有りませんでした。
  由来記に因ると徳川吉宗が第5代紀州藩主であった1712年に建立され藩士の登城時や刻限を城下に知らせたり出火などの非常事態を知らせる重要な施設であった。(そう言えば川越にも「時の鐘」と言う似たようなのがあるがここは現役だ)
  またこの鐘にも由来があって大阪夏の陣で豊臣方が使用した青銅の大筒(大砲)を徳川方が捕獲し紀州藩が保管してたのを梵鐘に鋳なおされたものだと。
  明治時代も引続き時を知らせ続けていたが大正10年(1921年)時報廃止とともに役目を終了し今じゃ記念碑的存在となっている。
  現在は終戦記念日と大晦日に除夜の鐘として突いているのみです。

普段は中に入ることも鐘を突く事も出来ません。

  この隣に奧山稲荷社があります、これも紀州の藩祖徳川頼宣が駿河からの国入りの際和歌山城の守り神として遷座したと伝えられ御祭神は稲蒼魂命、照川大明神、葛葉大明神、幾田大明神、吉田大明神の5柱が祀られているそうですがこの小さな社の何処に祀られてるンだろうか。

  小さな社です、言ってみれば企業のビルの屋上に祀られてるお稲荷さんと同じような感じなのでしょうか。

  この境内周辺に結構な数の摂社、末社が祀られているらしい、その内探してみよう。

  稲荷社ですからちゃんと狛が、しかし両方とも尻尾が破損してる。

安全運転をお願いします。年末とともに交通事故も多くなります、またまたウォーキングの途中に見かけました。被害者になっても加害者になっても双方つらい思いをするだけです。自分は大丈夫の過信は横においてユトリある運転をお願いします。

  幸い命には別状無かったようで何よりですが事故は事故ですから。載っけるの如何と思ったが”コワー気をつけよ~”と反面教師にはならないかと。

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2008/12/08

足下の風景(その4)

  先日の前線通過の大荒れでJR阪和線で車輪がスリップして電車が止まった、ハイドロプレーニング現象ですな。一時的にバケツひっくり返したような豪雨と強風でしたので車輪がスリップしなくても運転見合わせになったかもしれませんが。そんな騒ぎで↓

トウカエデの葉っぱが綺麗さっぱり吹っ飛んだ。
  ↑街路のイチョウも黄色く色づいて良い調子だったのにこれまた葉っぱが吹っ飛んで冬真っ直中の風情と相成った。寒々しいことこの上なし。

  和歌山城内のイチョウの落葉、黄金の絨毯状迄あと一息。落葉の量に比例して寒くなるのでありますが。

  我が家の側にバス停が4ケ所あります。各々行く先が違うのですがこのバス停の広告がクリスマスを見据えた物に変わってた。↓

  上半身ムキムキ(ヌードではありません)見てるだけで寒い。海外著名ブランドの広告ってこの手がのものが多いような気がする。↓


  ココ数日最低気温が一桁前半になってきた、例年より2週間ほど早いんだとか。
  心の中は既に「♪春よ来い、早く来い」であります。


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2008/12/06

非日常的和歌山

  和歌山マリーナ、和歌山市内の一部ですが一般庶民が利用する場所ではありません。
  そう私には非日常的な和歌山の姿です。

















  繋船、及び保管されているクルーザーは殆どが関西方面のものです、地元のものも多少は有るでしょうが。
  風景を見る限りにおいて近畿のおまけの和歌山とは思えません。
  高層建築は全てリゾートマンションであります、まだ増えるようです、更地が沢山ありますから。
  このリゾートマンション我々庶民をターゲットにしてるとは思えませんが眼をむくほどの高価ではなそうです。
  見ての通りここは異郷の地であります。

  マリーナの管理棟です。駐車場もユトリがあります。
  まずもって生涯私はここのゲート通ることは有りますまい。個人的には海より山岳志向ですから。


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2008/12/04

足下の風景(その3)和歌山城周辺

  今年の紅葉何かヘンだよ、イチョウは例年通りだけれど、もみじはもう少し気温が下がらないとダメなのかな。



  例年と少し違うのは下に黄色の落葉がビッシリで黄金の絨毯状態になるのが今年は遅い気がする。

  紅葉渓庭園山門から中を覗くと良いコントラストではありますが。

  ここはそれなりに紅葉してるが例年に比べて色が微妙に違う。

  色ムラ、赤も有れば黄色も結局紅葉せず葉を落としてしまいそうな雰囲気ですが暫く様子見で(要観察ね)

 まだ緑のままもある。冷え込みが足らないのか最低気温も二桁の日が多いし。
  紅葉渓庭園の中での会話では今年は此で終わりじゃないって話が聞こえて来た。マジ!

櫨の木も例年と変わりなく紅葉してた。

  和歌山城最寄りの公園前バス停(但し紅葉渓庭園へは市役所前が近い)劇画調の広告です、人目を引きますね。紅葉見るなら今のうちですよ。
 
  「おまけ」写メール特派員からの昨日夕方の富士山です


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2008/12/03

足下の風景

  音がしたがトラックが穴ぼこ踏んで積み荷が音を立てた位に思って気にも留めなかった、窓を締め切っていたせいもあるが。
  人一倍野次馬根性の持主の我が女房も腰を上げなかったし。
  そう昼食時で食べる方が優先されたから。
  しかしそうでは無かった、何台かの車輌の絡んだ接触事故で通りかかったタクシーが弾みで駐車場に飛び込んだ。
  幸にけが人無く何台かの車がへこんだ程度で一番大きく壊れたのは駐車場のフェンスか。
  ウォーキングのため表に出てこの事態を知った。
  警察も来てるのにサイレンにも気づかず付近のビルから野次馬も結構出てたのに・・・・・いやはや迂闊であったぞ。
  一等場所に居ながら歳は取りたく無い物だが、さすがに警察が現場検証してる側で写真は撮れなかったから我が家のベランダから覗き見的写真をちょいと。



  人の不幸をと思ったが車は損傷したものの運転の皆さんや同乗者怪我もなくケロっとしてたのでまぁ良いかと。
  場所的にスピード出して走れる道でないのが幸いしたものと思われる。
  大事に至らず良かったが「事故って思わぬ場所で思わぬ時に起こるんだよ」の教訓と言う事で。

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2008/12/01

足下の風景

  今住んでいる所は和歌山市のダウンタウンみたいな所ですから付近にはやたら駐車場が多いのであります。
 気にしてなかったのでこんなに沢山有るのは知らなかったし町内一回りするとまだまだ駐車場があるんですよ。

  付近にホテルと病院が有りますので地下には駐輪場もあります。コレがこの付近で一番新しく大きい。以前ココには医科大学がありました。移転後の再開発でホテルとショッピングモール(スーパーではない)が出来た。



  前は大きな倉庫だったらしい。この2棟は付近の会社の車輌や通車輌の駐車が多く結構古くからの駐車場です。駐車違反の罰金が多高くなったせいで満車らしく「予約受け付けます」なんて看板が。

  大きな駐車場に囲まれて古くからの駐車場。屋根付きで夏は涼しく☂にも濡れないを売りに。

  そんな中でレトロなうどん屋さん老夫婦で今も元気に頑張っています。
  元々は町のアイスキャンデー屋だったので屋号は当時のまま。
  ビルの多い場所で何かホッとする風景であります。

  ㊧1間の間口のお寺風の大和堂と言うハンコ屋さん、営業してるが商いになってるのか心配してしまう。
  何せ経営者はご高齢でありますから。㊨銭湯、経営者の高齢化で廃業してしまった。
  最近は町のハンコ屋さんも銭湯 も少なくなって絶滅寸前ですね。

  カラー氾濫の中でのモノクロ面白くないですか?

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