元善光寺(飯田市座光寺)
信州長野の善光寺と飯田の元善光寺、両方にお詣りしないと片詣りと言われているので行って来ました。
この地(麻績の里、現飯田市座光寺)の住民本田善光が大阪堀江から一光三尊のご本尊を迎えたのが善光寺の起元(元は坐光寺と呼ばれた)でその後芋井の里(現長野市)移せとの如来のお告げで今の長野市に遷座、出来たお寺を本田善光の名をとって善光寺と名付けられた。
(遷座当時の善光寺跡だそうです、延命地蔵尊はかっての善光寺の本堂の場所を記すため建造された)
これにより坐光寺は元善光寺と呼ばれるようになった。勅命によって木彫りで同じ御尊像が残され、また仏勅によって月半ば15日間は必ず元善光寺の古里に帰って衆生を化益せんという誓願を残されたことから長野の善光寺と元善光寺の両方お詣りしないと片詣りと言われる所以だそうです。




回向柱長野善光寺から比べると小さいが前立本尊につながってるのは同じ。触れて縁を結ぶのです。
別名さつき寺と言われてるらしいが行った日は気温3℃と、そりゃ咲かないよな。両サイド全部さつきなんですがチラホラで。
長野善光寺と比べれば静かなものでした。バスで団体さんが来るとドッと賑やかに、引き上げると静寂が。
一応名物の座光寺まんじゅう。しかし客が多いのに品切れだった。多客の御開帳時、売る物が無いというノンビリさより売る気が無いのかと。(100余年の歴史がある老舗というが)
今日のおまけ
㊧柿の種㊨善光寺名物とうがらしの種です。当然とうがらしの種は辛い(HOT!)。物理的にも柿の種は辛いはずもなしね。しかし「柿の種」より「とうがらしの種」の方が大きいのはなぜ?
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頼るは回廊の壁を伝うだけですが肝心の「極楽の錠前」が何処にあるのか判りませんからひたすら壁をまさぐるのみ。




















むじな地蔵、善光寺参道白蓮坊前にあります。彫刻家の藪内佐斗司氏の作品だそうです。






カーネル・サンダースですが時節柄節句の出で立ちです。

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