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2009/11/30

ローカル標準語

またの名を方言とも言いますが、同じ和歌山県内でも言い回しは同じでも、所によって若干意味が異なるものもありますが、それなりにわかります。田辺周辺で使われてる方言、新宮周辺で使われる方言、和歌山、紀ノ川筋で使われる方言等地域によっても色んな言葉があるとか。

県内に限って言えば誰が聞いてもほぼ間違いなく判別出来るのが新宮、東牟婁の言葉です、一種独特の訛りで和歌山県下でも独特な地域です。しかも何十年外に出ていてもこの訛りが取れないという、生まれながらに身に染みついた言語なんでしょうか。

以前聞いた話で沖縄県は本島、宮古、石垣先島諸島出身の3者が方言で会話すると全く理解できないそうです。同じ県内でも他国語を聞いてる感じなんだとか。
琉球国の成り立ちから、それぞれの地域ごとの方言が存在してるってことなんでしょ。「めんそーれ」、「んみゃーち」、「おーりとーり」同じ県内でもことごとく違うのです。ちなみに意味はご存じの方も多いと思いますが「いらっしゃい」なのです。和歌山県は幸いそこまで異なりませんが。


*FREE MAGAZINE「紀州の笑いと元気」からの転載です
但し、この手の方言を使えるのは前期高齢者に限りなく近い年齢の方々で、若い層で使えるのは少数派です。これは全国的に同じ状況であるらしいが。
TV等の普及で日本全国標準語があふれてるからかも知れませんね、残して欲しい遺産ではあると思いますが。

今日のおまけ
小話その1
コミュニティFMで妙なるメロディのクラシックが流れてた、音楽の切れ目に突然見事な和歌山弁のコマーシャルが流れ雰囲気ぶっ壊された。
小話その2
近所の有料駐車場で、出ようとバックしてた車が場内の照明用ポールにぶっつけた。どうするのかと見てたらメタボ系のおばさん降りてきて、当てたポール見るのでなく自分の車を確認してそのまま走り去った。
「場内の事故は責任を負いません」なる看板が。
件のおばさん責任を負えないから走り去ったのか。

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2009/11/27

和歌山城の秋(その3)


天気の良い日のウォーキングは汗ばむ陽気ですが、季節は確実に変化してます。2日見なかったら様子がコロッと変わってる和歌山城の紅葉です。

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2009/11/25

和歌山城の秋(その2)

連休最終日、前日と打って変わって快晴の下、和歌山城内砂の丸と西の丸で「食祭和歌山’09」と「WBSラジオ祭」が催された。
WBSのパーソナリティが集合と言うことで、普段声しか聞いてない御仁のお出まし故ちょいと覗きに。
最近はラジオのアナも美形(女性アナ限定)なのですね。男性アナはメタボ気味や頭髪の減少気味その他諸々・・・相対的におじさん年代が多いようで。そう美声と体型不一致に、予想はしてましたが。
中に昭和50年代、年に2回位喫茶Fのマスターと共々お顔拝見したアナの方を何十年ぶりに拝顔した。
当時は30台前半位だったと思うが私の頭の中の三昔前のイメージと大きくかけ離れた年金受給者?の姿でありました。
私と、さほど変わらない年代ゆえ当然と言えば当然でありますが。月日は容赦してくれないのです。





砂の丸で「食祭和歌山’09」が行われてましたがこの手は我が女房殿に任せて、なにせ行列が凄いのです。
でも金百円也の伊勢エビ鍋だけはしっかりいただきました。ハーフカットですが意外に?大きな伊勢エビが入ってました。

お堀クルーズも見かけました

周辺のホテル前でも屋台が。江戸は浅草からきた岡﨑屋惣次郎なる講談人力車も。

けやき大通りも秋らしい装いで、この周辺で行われるイベントは今年はこれでトリでしょう、多分。



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2009/11/23

One day

連休の、とある一日和歌山城の周回歩道を歩いてました。
一周約2㎞、ここは私の定番ウォーキングコースであります。
結構大勢の人が歩いてるのですが、中には犬の運動を兼ねた方もそれなりにいらっしゃいます。
これが曲者でして、皆さん一応フン始末の七つ道具持参なのですが、殆どのお方はアクセサリーなんですな。
人が見てないと大半の方は自分の飼い犬のフンの始末はしませんね、そしらぬふりして歩き去ります。人が見てると仕方なしと言う風情でフンの始末を始めます。まれにキチンとフンの始末やオシッコをウエスで拭き取ってる方もおられますが完全にマイノリティなのであります。
無視、若しくは知らんぷり派がマジョリティなのであります。
ペットの糞を始末するのは、本来犬を飼う人には常識なれどローカルな地方のお行儀はこんなものでありましょうか。中世の頃のパリの道路は民家から捨てられるフン(人の)だらけで臭くて・・・と何かで読みましたが程度の差はあれ公徳心は中世並なんでありましょうか。当日は都合3ケ所でこの手を見かけましたが1ケ所進行形の現場に出くわした。勇気を持ってご注意すれば良いのでしょうが、今の時代、そうしたばかりに「千の風」になったり、殴られたりと何が起こるか判りませんから黙って見てマシたが。
ワシントンDC辺りではこう言うのを見かけるそうです。「ペットの糞は拾って下さい」罰金$50と。日本だって似た看板?はありますが訴求力に欠けると言うか、まぁ出すだけは出しておこうって感じで。
軽犯罪にならないのでしょうかね。

ここも連休の日です、時間的には全てオープンしてる時間帯なれどこの有様。
昔は和歌山県下一番の繁華街と言うことでありましたがヤル気が無いのか昔の栄華に胡座かいてるのか、時代の変遷についてゆけないのか、体力がJAL以上に消耗してるのか、その辺りよく判りませんが。
言えることは郊外またはそれに類する場所に立地する大型の量販店に客足を奪われ、それに対応する手立てもママならず、さりとて量販店を凌駕する商品力も魅力もありません。
そうなんです、ここに来て買い物をするという楽しみが全く消え失せているのです。
JALは国家が手をさしのべてくれますが、過去の栄光にすがる商店街は自助努力以外なし。
栄枯盛衰、絵に描いたような光景です。
綺麗なアーケードがむなしく明るかった。
以前は百貨店、大型量販店等が立地してましたが倒産したり、撤退したりで今は商店街自身に集客力はありませんから、一足早い寒風が吹いてる感じで。
私自身もここで買い物した記憶全くなし。

元気を取り戻して欲しいのは私だけではありません、和歌山市民も待望してるのです。この周辺が元気で無ければ和歌山のダウンタウンの明日はない(大げさか)


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2009/11/18

うわごと(松井秀喜の去就について)


ヤンキースに残留はあるのでしょうか?ニューヨークにこだわりがあるような記事も見かけますが。
メッツがどうのこうのって話もネットで見かけたが本当の所どうなるのか気になります。
思い切ってワシントン・ナショナルズなんて選択肢はないのでしょうか。
お金のない球団ですから松井秀喜の様な年俸の高い選手はノーサンキューなのでありましょうか。
娘のワシントン在住(過去形)などあって2度ほどワシントDCに足を踏み入れ、その都度ワシントン・ナショナルズのゲームを観戦し大リーグらしからぬチームに判官贔屓では無いけれど何となく可愛くなって動向を気にする様になってしまったのです。
日本で言えば今の横浜ベイスターズ(ファンの方ごめん)みたいに勝数より負数が多いチームなのでありますが。

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2009/11/16

和歌山城の秋

紅葉にはほど遠いが、ハゼの一部が良い色に変わりつつありました。
近くの紅葉溪のモミジはまだ青々と色づく気配もありませんが。
柿は熟してますが鳥も突かぬは何故なんでしょうね。鳥も突きたくないほど渋いのか、それとも不味いのでしょうか。見た目には完熟で美味しそうに見えるのですが。
ただ人が獲るには危険が伴います。
この柿の木でありますが平地に植わってるのでは無いのです。石垣(城壁の一部)の中途から生えてるのですよ、場所的にはとんでも無い場所であります。
下手すると5~6メートル落下する危険性がありますので、打ち所によっては「千の風」になりかねません。

オーガニックとは言いませんが全く手入れも消毒も何もしていませんから食品としては申し分のない状態とは思うのですが。
植えたのではないのです、誰かが捨てた種が勝手に石垣の間から芽吹いたのでありますよ。
木々の生命力の凄さを感じます。



はぜの木の一種見たいですが綺麗に紅葉してます、全体が赤くなると見応えありそうですが・・・。



和歌山城内「砂の丸」広場で「わかやま故郷の恵みフェスタ」が行われていました。㊨の女性は女優の大桃美代子さん、食についてのトークショーやってました。
野菜の直売の「マーケットゾーン」や「ごちそう味わいゾーン」「遊びと体験ゾーン」など全て和歌山特産の物を集めたイベントでありました。
「全国少年少女発明クラブ創作展」がマリーナシティーで開催され常陸宮両殿下が来られると言うことで人出が分散されたか「恵みフェスタ」の人出が少なく感じた。(11/15)

今日のおまけ
食の話が出たついでにこんなのは如何でしょうか。
バンコクの露天食堂街?では良く見かけるものだそうです。
美味いと言うのが彼の地の評価ではありますが我が大和民族には如何でしょうか?
あまり大きくすると物がはっきりして食欲に影響を与えてもと控えめに。日本の家庭のキッチン辺りで良く見かける古代からの生き残り昆虫。
まぁ彼の地では昆虫類は食材なのでありますな。
カルチャーの違いと言えばそれまでですが。

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2009/11/13

お堂で見る阿修羅(終章)

中学の修学旅行が京阪奈でありました。
奈良では東大寺の大仏に驚愕し大仏の鼻の穴と同じ大きさの柱の穴をくぐり猿沢池に遊びと・・・・・。
今思うに猿沢池は名前だけの記憶で池そのものの記憶は定かには残って居ません。
興福寺のソバにありますので阿修羅と北円堂の行列の疲れをイヤしに久しぶりに行ってみた。

猿沢池から見る興福寺五重塔



衣掛茶屋、ここから眺める猿沢池良いんだそうです。特に夜間は風情があるとか。

猿沢池側から見る興福寺南円堂

奈良市の繁華街(観光客御用達?)、市民より観光客の姿がやたら目立ちます。

奈良公園

奈良公園と来ればこれ、シカですがあまり可愛い物ではありません、奈良の象徴ではありますが。

小坊主の頭にシカの角付けた変なキャラクターがあちこちに目立ちます。せんとクンと言うらしい。私的には「ひこにゃん」の方が・・・・・。





今日のおまけ
麺闘庵の巾着うどん(逆さきつねとも)TVで放映されたおかげで付近一番の人気店になってしまった。気軽に昼食をと行ったら、何と阿修羅と同じに行列が。とても待てませなんだ。ちょい濃いめの汁で麺に味がからんで結構結構との噂にございます。

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2009/11/11

国宝北円堂(お堂で見る阿修羅Part2)

創建:養老5年(721年)
再建:承元4年(1210年)
北円堂は養老4年(720年)に亡くなった藤原不比等の菩提のために、元明太上天皇と元正天皇が建立を発願し、長屋王に命じて一周忌にあたる翌年の8月3日に完成させた。八角堂は廟堂としての意味を持つ。
その後永承4年(1049年)火災で焼失し治承4年(1180年)の平重衡による焼き討ちでも失われたが、承元4年(1210年)に復興された等々。
鎌倉時代の建物でありながら奈良時代創建当時の姿をよく残してると興福寺係員による説明があった。

阿修羅像の仮金堂から出た拝観者は次なる北円堂に向かいます。ここもそんなに沢山の人が入れる訳でも無いので一定数づつ区切って拝観するのであります。



「華麗で力強く、最も美しいと賞賛される堂」と言われてる北円堂です。国宝ですから、持ち物も体も建物には触れないでくださいとくどいほど注意が喚起されます。
Miroku
上㊨弥勒如来坐像(国宝)運慶作、建暦2年(1212年)頃の作と。
下㊧世親菩薩立像㊨無著菩薩立像(何れも国宝)運慶作、建暦2年(1212年)頃の作
当然文化財は撮影も模写も禁止でありますから何処かのHPから捜してきた(著作権者の方ゴメン)
撮影可能であってもあの薄明かりの下では上手く撮影出来る腕もありませんが。

こちらは南円堂、手前は中門跡。
藤原冬嗣が父内麻呂の冥福を願って建てた八角堂
興福寺は藤原氏の氏寺だったそうです。

最近仏教美術に興味を覚えまして、阿修羅像にしても弥勒菩薩坐像にしても、しげしげ見てると今風に言うイケメンなのでありますよ。

師走が近づいてきた。
年末ジャンボでまた叶わぬ夢を見る季節でもあります。
買わなきゃ当たりませんから今年もこの夢に参加すべく大阪駅前第四ビルの特設売り場に行くんだろうな(多分)

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2009/11/10

お堂でみる阿修羅(11/23迄)

東京や福岡で公開された阿修羅展帰山記念の「興福寺国宝特別公開2009」拝観に行ってきた。
マスコミに祝祭日は凄い人出と報じられていたのでウィークデーに行けばそれなりに空いてるだろうとの希望的観測で出かけた。
近鉄難波駅の奈良行きホームで驚いた、何じゃこの人出はと皆さんをヨ~ク観察してみると申し合わせた様に正倉院展のパンフを持っていた。
正倉院展は11/12迄と会期も押し迫ってると言うことで大挙押し寄せる老若男女ならぬ老男女の群れに遭遇してしまった訳で、出鼻から希望的観測は悲観的観測に・・・・。
当初、阿修羅像拝観して正倉院展を見学、薬師寺、唐招提寺と企んで早めに出かけたのが仇となり興福寺に着いたとたんその企みは霧散した。


拝観券入手するまで?十分、それから阿修羅像おわす仮金堂に入るのに約120分と長蛇の列をひたすら我慢々であります。

仮金堂も一度に入れる人数もさほど多くは無いし、入れば昔見たツタンカーメンやミロのビーナス程には酷くはないが「ゆっくり歩いても良いですから止まらないで」と暗に急かされます、釈迦三尊像、四天王像(重文)、十大弟子・八部衆像(国宝)、特に阿修羅立像(国宝、像高153.4cm)等ゆっくり見てる間がないのでありました。(注)阿修羅立像は八部衆像のうちの一つ)

すべての仏像には
造った人たちの願いが込められている
すべての仏像には
造られてから今までにその前で手を合わせた人たちの祈りが込められて入る
だからすべての仏像は尊く、そして美しい

阿修羅についてはwebのwikipedia阿修羅の項を参照ください

仮金堂を出た人の波は次なる先、国宝「北円堂」に向かう訳ですがこの件は後日。フゥ~

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2009/11/08

大神山神社奥宮(おおがみやまじんじゃ)

伯耆大山は中国地方屈指の霊峰で四季を通じて観光の中心地であります。
そこに大神山神社奥宮が鎮座しています。
大神山神社奥宮は元々修験の僧が海抜900㍍超の大山の地に登り、そこに修験の場として簡単な遥拝所を設ける様になったのがそもそもの始まりとされているが明確では無いらしい。
平安期になって冬期の奥宮では祭儀は行われにくいので麓に冬宮を造り夏期は大山の夏宮、冬期は下の冬宮で祭儀が行われる事となった。
明治初期の神仏分離令で大神山神社と大山寺に分かれ冬宮は本社(米子市)に夏宮は奥宮(大山町)となった。(11/6付け角磐山大山寺参照)



大神山神社に続く参道の石畳約700㍍日本一長いんだとか*①



逆門と言われ神社側からは門を閉める事が出来ません、閉門は大山寺側からと言うことで。(画面クリックで拡大)

さらに階段登ってやっと辿り着きます



権現造りでは国内最大且つ重文*②弊殿にある白檀の漆塗りが日本最大且つ美しいとか*③(画面クリックで拡大)

ここから弊殿に拝観料払えば入れた?が時間的余裕なしでした

末社下山神社
*①②③の三つは日本一なんだそうです。

奥宮は風雨が強い時、積雪時は閉じるので参拝出来ない事があるから、あらかじめ確認して来られよと。
ぬかるんだ700㍍もの石畳の参道は滑って歩きずらいだろうし、その上階段までとなると容易に想定出来る話ですね、しかも海抜900㍍と来れば。

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2009/11/06

角磐山大山寺(鳥取県大山町)


天台宗別格本山です。養老2年(718年)金蓮常人がお堂を建て地蔵菩薩を祭り修験者の根本道場としたことに始まる。貞観8年(867年)慈覚大師によって天台宗になり平安末期、室町時代には160の僧坊と3000の宗徒を擁する大寺院として賑わったが、明治初年の神仏分離の政令によって大山寺一山は急激に頽廃するに至ったと貰ったパンフに。
ところで大山寺、檀家が無く拝観料が収入源だそうです。

山門

本堂、昭和3年4度の火災で焼失昭和26年にやっと再建されたとか。ご本尊は十一面観音菩薩、白鳳期の金銅仏で国の重文。

天台でいう鎖護国家の霊場として「ご先祖様に逢えるお寺」と言うことでお参りする人が多い。

紅葉が綺麗でした。

宝牛、一つだけ願いを念じて牛を撫でると願いが叶うと牛に触れる人絶えず。

中国観音霊場29番札所、伯耆観音14、15番霊場ゆえかご朱印受ける人多数でありました。

山内何処も色づいた紅葉が美しかった。
この景色も私が行った3日後は雪に見舞われたようで標高が高いだけに季節の移ろいは早い。

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伯耆富士

大山(ダイセン)は南壁から見ると伯耆富士と言われてるのが納得できます。奥大山からの眺めですが麓から見るともっと稜線がスッキリして正に富士であります。
しかし何で日本人って○○富士って付けたがるのでしょうかね。山=富士なのでありましょうか我が民族にとっては。

北壁の山容と全く異なる顔であります。隣の烏ケ山(カラスガセン)の方が良い山容です。↓

大山眺めるならお勧めは鳥取方面からでしょう。縦貫道路の大山寺近場にも眺望の良い場所があったし、米子道のインター付近にも一瞬ですが「おっ!」と言う場所が。(感覚は個人差がありますが)
やはりここも11/3に初冠雪があったようです。

(財)自然公園財団HPより

山は見る角度によって様々な表情を見せてくれるし、見ていても飽きが来ない。
年だから精々尾瀬くらいと言うことで、後は麓から眺めるのもまた一興かと。安全だし且つラクダもんね。

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2009/11/03

大山循環道路

この辺りの地域は大山に因って経済的利益を受けているわけですが反対給付として大山の崩落による砂防工事費で利益を召し上げられている。



大山とその周辺地域(県)は持ちつ持たれつの関係でありますな。
岡山側(南壁)から見ると、崩落は木々も育たぬ環境を作り出してる訳だから将来的には大山の容姿も大きく変わる可能性は大でんな。



こんな風景の間に突如上記の工事現場が出現する。
この紅葉の絶景ポイント360°見渡せる鬼女台は乗用車の洪水で下車叶わず代わりに大山の全く見えない鏡が成という所が下車観光となった。(夏期はキャンプ場、冬期はスキー場)↓

正面烏ケ山(1448m)、平成12年の鳥取西部地震で頂上付近が崩壊し崩落の危険性高く以後登山禁止になってる。が結構禁止尻目に入山者がいてるらしい

今日(11/3)の同じ場所上は10/31です、今日行かなくて良かったよ。関西地方は昨日木枯らし1番って気象庁が言ってた。季節はこちらの都合お構いなしだ。
(インターネット自然研究所のライブカメラから)

今日のおまけ
そろそろハワイ島近海やBAJA CALIFORNIAのコルテス海はホエールウォッチングの季節かなぁ。ラパスに行ってシロナガスクジラを見てみたい(叶わぬ願望)

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2009/11/02

蒜山高原


紅葉の便りに誘われて岡山の蒜山高原なる所に出かけた。
楓などの真っ赤系紅葉と趣の異なる景色ですが、全山赤や黄色に色づく様はなかなかのものであります。快晴に恵まれた蒜山いいもんです。

中央左寄り大山(1709m)です、白っぽいのは冠雪ではありませんで富士山と同じく山が日々崩落してるため木々が育たないと言うことです。
この山は蒜山側から見るのと伯耆の国側から見るのとでは全く違う二つの顔を持ってます。(もう一つの顔は後日)

蒜山高原は酪農が盛んらしくジャージー牛の日本一の産地とか。
我が街のデパ地下でも蒜山のジャージー牛乳なんて見かけます。
行った場所にも因るのでしょうが牛は見かけず羊がうろうろしてました。観光用なのかジンギスカン鍋用(発想が貧困だね)かは知りませんが見てる分には可愛くてよろしい。

長閑な一時でありましたよ、草をはむ羊たちとボーと眺めるおじさん共々・・・・。

ドライブイン蒜山センターです、隣にジョイフルパーク何てのがありまして観覧車から蒜山高原が一望出来そうな感じでありました。

今までサクラだ紅葉だと言って数多く出かけたが快晴に恵まれたのとベストの時期に行き当たったのはワシントンDCのポトマック河畔の桜と今回だ。根尾谷の薄墨桜2度言って2度☂、吉野の桜も2度とも奥千本がやっと残ってた程度、小豆島寒霞渓の紅葉お印程度で早すぎた。礼文島のレブンアツモリソウ咲いてるはずが終わってたりと、まぁ確率の悪いこと話にならん。最も費用惜しむからだよの指摘は的を得てるからつらいがのう。

次なる目的地に向かって大山環状道路を辿ります。

今日のおまけ
ハロウインと言うことで何の関係も無いが初代目大統領のジョージ・ワシントンです。子供の頃のサクラの木を切った挿話はご存じでしょうが、あれは「嘘をついてはいけない」と言う教訓のために書いた作り話との説もある。
小学生の頃学校で習ったぞ。正直に言って父親にほめられたと・・・・。真に受けた文部省によって作られた国定教科書で。
後世に作られる話って作り話が多いんだ、誰も知らないと思ってさ。

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